恋愛経験値の低い山本は、意外にマメでレディーファーストな男だった。
毎日メールは一定のスピードで返ってくるし、デートの際エスカレーターやドアなど必ずわたるを優先させる。
本当に付き合うのは初めてなのかと疑ってしまうほどだ。
「野田。明日予約しといたぞ。有明のスイーツ食べ放題。チョコレートプリン」
明日はお試の最終日。
「明日学校あんじゃん」
「サボって行こう。明日が俺の命日だ」
「命日って……そんな大げさな」
電話の向こうで眉を下げて言う山本の姿が容易に想像できる。
「その前にお願いが一つ」
「なんだよ」
「わたるって呼んでもいい?」
「……呼べばいいじゃん」
「わたる」
「なんだよ」
「わたる」
「……」
「わーたーるー、無視すんなよ。わーたーるー」
「やかましい!お前はどこの小学生だ!」
「流石、わたる。切れ味は半端ねえぜ」
「電話切るぞ」
「ああ、ごめん、ごめん」
無駄にはしゃいでいるのが伝わった。
山本は明日で終わりだと思っている。
わたる自身はどうしたらいいか分からなかった。
自分からもっと一緒にいたいという言葉が、山本に対して出るかといえばそこが難しい。
山本と過ごした時間が楽しくなかったと言えば嘘になる。
だが、わたる自身がいまいち恋愛っぽくならないのだ。
恋をすればもっと毎日が輝くはずなのに、山本からもたらされるのは、安らぎと安堵なである。
それが通常の恋人同士と言えるのかどうかわたるには分からなかった。
一緒にいる時間は大切にしてくれる。
不満がある訳じゃないが、これ以上何か関係が発展しそうな雰囲気もない。
山本との電話を切ってから三十分後。
再びスマートフォンに着信を告げる表示が画面上に表れる。
「……」
わたるは静かにその電話を受けた。