初夏の風が網戸越しに吹き付ける夜中二時半、大学三年生になったばかりの野田わたるは、いちご牛乳を飲み干した。


同じ専攻の仲間うちで集まった飲み会で先程買出しに行った友人に頼んだ物である。


レシートに表示された代金を支払うと、友人はその他の友人の場所へ頼まれた物の代金を徴収する為にその場を去っていった。


飲み干したいちご牛乳のパックの捨て場所を探しながら、わたるはスマートフォンの着信履歴を見る。


着信三件。


全て異なった人間からの連絡だ。


一つ目は昨日の朝喧嘩したばかりの親。


二つ目は中高と六年間毎朝一緒に通学した後藤真弓、もう一つは先週別れたばかりの元彼からである。



返事をしやすいのは友人の真弓の電話だが、この女が連絡を電話でしてくるということはやっかいな案件を持っている場合が多い。


いや、百パーセント面倒な案件だ。


六年間共に過ごせば、友人の習性くらい考えなくても分かる。


今回はどんな男に引っかかった。


「……めんどくさ」


厄介な選択肢ばかりが提示されたスマートフォンを鞄の中にしまった。


そして大きな溜息をつく。


ゴミ箱と思われる箱を発見し、わたるは空になったいちご牛乳のパックをピザの入っていた箱や他のゴミで溢れ出す箱の中に押し込んだ。


「おい、ちょっと、野田。こっちにゴミ袋あんだろ」


「あー、はいはい。すいません」


この部屋の主、山本晃介(やまもと こうすけ)へ適当に返事をしながら、わたるは差し出されたゴミ袋の中へゴミ箱に入っている物を全て移し替える。


「おお、気が利くじゃん。さすが女の子」


「一度捨てた物を拾い直す方がめんどくさい」


「うわ、女らしくねえ」


「うっせーよ」


「飲んでる物とかいちご牛乳で、洋服も女らしいのに、口調と名前と中身は男と一緒だよな。野田って」


「それ昔からよく言われる。ちなみに山本に言われたの今月三回目」


「そんなに言ったっけ?」


「いや、知らないけど。大体そんくらい言ってんじゃん?」


「適当な奴だな」


「そんなん昔からだよ」


息を吐き出し、口角だけをあげて笑う。


これは幼いころからの癖だ。


小馬鹿にしたような笑い方はやめなさいと大人によく注意される。


意識的にやっている訳ではないのだが、気がついた時にはしてしまっているのだから仕方がない。


「野田って、彼氏いんの?」


「は?なんで?」


「いや、そんな適当加減で彼氏できんのかなと思って」


「余計なお世話だから。まあ、いないけど」


先日別れた元彼の顔を思い浮かべる。嫌な別れ方だった。


「やっぱな、いないと思ったよ。だよな。そんな適当な感じでいたら俺ビックリしちゃうところだったわ」


「やかましい。そういう山本はいないの?」


「俺はモデル級の美女が十人くらい。まあ、いつも俺のこと取り合っちゃって可愛いのなんの」


「あー、はいはい。そうなんだ」


「おい、今のはツッコミ入るところだろ」


「めんどくさい」


「そんなこと言うと、追い出しちゃうぞ。ここは俺の部屋なんだかんな」


「野田っちと山本仲良しじゃーん」


頬を膨らまして言う山本に次何を言うか考えているところ、酔っ払った牧野紗枝(まきのさえ)がわたるの腕にしがみ付きながら言った。


「仲良しじゃない。紗枝ちゃん、こいつめんどくさいよ」


「本人前にして悪口言うな。可愛くない奴め」


「うふふ、ラブラブ。山本よかったね」


「牧野ちゃん、やめようか。変なこと言うの」


「えー、なんで?山本じゃん。野田っちのこと好きだから、今日の飲み会絶対呼んでって言ったの」


唐突な暴露話にわたるの動きは停止する。


「牧野ちゃん、そろそろやめようか」


「だって本当のことじゃん。野田っち。気をつけて。ここに狼が一匹狙ってまーす。キャー助けてー」


「牧野ちゃん、本気であっち行って。一生のお願い」


そう言って、山本は牧野を追い返す際、わたるの方をじっと見て言った。


「まあ、そういうことだから」


そう気まずそうにわたるの元から去っていく山本を尻目に大きなため息を再び吐いて、わたるはスマートフォンを取り出し着信履歴のうちの一つの番号を押した。