「This shop’s cake is very good taste. Especially apple pie.(ここの店のケーキすごくおいしいんだよ。とくにアップルパイ)」
「Are your favorite?(君のお気に入り?)」
「Yeah. Do you like apple pie?(そう。アップルパイは嫌い?)」
「Yes. I like.(いいや、好きだよ)」
ライクという言葉を聞いて安心する。
昨日アメリカ人の好みを書いてあるサイトをネットで二時間以上検索した甲斐があった。
「よかった」
安堵の溜息をつく真弓の手を繋いだままオースティンは店の中へ向かっていく。
エスコートの仕方が前のデートの時よりも甘いのは、気のせいじゃないはずだ。
全てがレディーファーストでそれはまるで恋人のような扱いに少し真弓は戸惑い始める。
いや、日本人の男の子と付き合っている時には、こんな御姫様のような扱いを受けた事はなかった。
店のスタッフに案内されて、四人掛けのテーブルへ案内される。
比較的店内は静かだったが、両隣にはカップルがいた。
「こちらへどうぞ」
愛想のいい笑みで営業スマイルを浮かべるスタッフ。
そこで問題は起った。
繋いだ手を解放し、真弓を席に座らせるとオースティンは当然のように真弓の横に腰かけたのである。
「え、そっち?」
と声をあげたのは、真弓ではなく両隣のカップルだった。
「で、ではご注文がお決まりの頃お伺い致します」
スタッフも多少戸惑いの表情を浮かべているが、マニュアル通りの言葉を真弓とオースティンに発する。
「ナニガオススメカ?」
満足気な表情でオースティンはメニューを眺めながら真弓に言った。
「えっと……アップルパイが美味しいってサイトには書いてあったけど……」
状況について行けていない真弓の声色は上擦っている。
それは両隣のカップルの好奇の視線にではなく、隣に密着して座っているオースティンに対してだった。
注文を終えてスタッフが席を離れる。
「What did you do yesterday ?(昨日は何をしてたの?)」
真弓に尋ねたオースティンの言葉が、店内に流れるジャズピアノと重なって耳に心地良い。
「え、昨日?」
「キノウ」
「I did fusion show in my room. (部屋でファッションショーやってた)」
自身の服を指差し、真弓は言った。
それを見てオースティンが笑うと思っていたのだが、彼は笑わなかった。
沈黙が続く。
青い瞳が静かに真弓を捕え放さない。
上唇を自身の舌で舐める。
このままキスしたい。
そんな衝動にかられた瞬間「こちらアップルパイにございます」とスタッフの声に妨げられた。