連れて行かれたのは、桜木町の駅前ビルの中だった。


人気の少ないビルの中にあるエスカレーターを登ると、ベトナム料理と書かれた看板が目の前に現れる。


「ここ?」


指をさして尋ねるとイエスという回答が、真弓に向かって発せられた。


中へ入り店員が席まで真弓達を案内する。


席に到着するまで、店内にいる日本人客から視線が集まるのを感じた。


未だ非日常の中での演出を楽しんでいる自分がいる。


オースティンが優しい眼差しで、真弓を包み込むのは何故だろうか。


「キマッタカ?」


メニューを真弓の方へかざしながら、オースティンは尋ねた。


「ああ、うん。きまった。このフォーっていうの食べたい。I want to eat it.(これ食べたい)」


メニューを指差す。


「Ok(わかった)」


優しく微笑んで、彼は店員を呼び注文を始めた。


日本という場所で、日本人のスタッフがいるお店で食事をする場合は、日本人である真弓が注文などをするべきなのだろう。


ということを、オースティンが店員に注文し終えてから真弓は気がついた。


水が運ばれてきてから、数十秒。


沈黙が続く。


大体の事はメールで質問し終えてしまった。


後は何を聞いていないだろうか。


そうだ。将来の夢だ。


「What do you want to be in the future?(将来の夢は?)」


今まさに真弓がしようとしていた質問を投げかけられ、少し驚く。


「Deciding now. How about you?( 今決めているとこ。そっちは?)」


「I want to be the novelist.(小説家になりたいと思ってる)」


「Novelist! Great dream!(小説家?すごい夢!)」


漫画を出版社に投稿している人は高校時代に同じクラスにいたが、小説家を目指している人に会うのは初めてだ。


少しばかり興奮して真弓は言う。


「Thank you. But too difficult to be the novelist .(ありがとう。だけど、小説家になるのは難しい。)」


「失礼します」


真弓が次に何を言うか考えていると、店員の声が聞こえて顔をあげる。


オースティンの頼んだメニューの一つがテーブルの上に置かれた。

名前なんだったっけ?


「Eat together(一緒に食べよう)」


優しい笑みを浮かべ、オースティンは店員が置いて行った取り皿に真弓の分の料理を載せる。


「Thanks(ありがとう)」


「Your welcome(どういたしまして)」


「I want to read your novel.(あなたの小説を読んでみたい)」


小さな籠の中に入ったフォークを二本取り出して、そのうちの片方を目の前に座っている男に渡す。


彼はそれを受け取りつつ真弓の質問に答えた。


「Really? My novel is all in English, isn’t it?(本当に?僕の小説全部英語だけど大丈夫?)」


全部英語なのか。目の前にいる男がアメリカ人で留学生だという事を忘れていた。


ハリー・ポッターはギリギリ辞書を使用して読めたので(三か月以上かかったが)、もしかしたら読めるかもしれないという期待を抱き質問を投げかける。


「What’s genre?(ジャンルは何?)」


「Mystery(ミステリー)」


「Uh…please translate in Japanese.(えっと……じゃあ、日本語に翻訳して)」


戸惑いながらにっこりと笑顔を作って言ってみると、オースティンは声をあげて笑った。


「だって、推理小説とか難しい話が多いじゃん」


ふて腐れつつ日本語で言う。


その後も真弓の頼んだフォーが届くまで、オースティンは笑い続けるのだった。


満腹になった後、冷たい風が吹き付ける中、二人はイルミネーションの方を目指して歩き始める。


「きれー」


先程散々笑われた事もすっかり忘れて、目の前のイルミネーションに真弓は感動していた。


近くの海から聞こえる波の音と共に幻想的な世界が構築される。


目の前にそびえ立つ大観覧車が何度も光を変える姿に真弓は再び「綺麗」とはしゃいだ。


「キレイダ」


オースティンも満足気な表情で答える。


しばらくそこに立ち、光によって姿形を変える大観覧車を見つめていた。


「はくっしょっ」


色気のないくしゃみが真弓の口からこぼれ落ちる。


「サムイカ?」


「A little.(少し)」


そう答えた後、やはり真弓はダウンジャケットを着てくるんだったと後悔するのだった。