「Hi(やあ)」
目の前に現れた男を見て、真弓は安堵する。
「よかった……」
一週間ぶりに会った異国の青年は、優しい笑みを浮かべて真弓に冗談ぽく「Long time no see(久しぶり)」と言った。
紺色のコートに有名ブランドのマフラーを巻いて、高そうな靴を履いているその姿はまるで海外ドラマから飛び出したような風貌である。
「オースティン、どこ行くの?」
どきまぎしながら、真弓は日本語で彼に尋ねた。
「サクラギチョウ。スキカ?」
「I never been to Sakuragityou.(桜木町行ったことない)」
「Really? (本当に?)ジャア、キョウハキミガガイコクジン」
「あはは。日本人なのに、外国人」
「What do you want to eat?(何食べたい?)」
「うーん……What are your recommendation in Yokohama ?(横浜でオススメは何?)」
「Ever eaten Vietnamese food?(ベトナム料理は食べたことある?)」
「Never(ない)」
「タベテミルカ?」
「うん。食べてみる」
中華街で中華を食べるって選択肢はないんだ。
横浜の桜木町付近で観光と言えば、中華街というイメージはきっと日本人特有のものなのだろう。
微妙なカルチャーショックを受けつつ、真弓はオースティンの後を続いた。
地下鉄に乗り、電車は横浜駅を出発し、高島町に到着する。
電車内の表示に記された地図では次の駅が桜木町らしい。
「Next station?(次の駅?)」
「Yeah(そうだよ)」
間もなく桜木町、桜木町。Next station is Sakuragityo.
電車の中でアナウンスの声が響き渡る。
電車の扉が開くと、優雅な動作で先に降りてと合図を送られた。
微笑んで先に降りる。
十二月の桜木町は海風が冷たい。
改札を出てイルミネーションが輝く地上へと足を運ぶと、冷たい風が真弓にぶつかった。
「寒い……」
「ダイジョウブカ?」
「だいじょうぶー」
ポケットの中からカイロを取り出しかざす。
お洒落するにはユニクロのヒートッテックとカイロは手放せない。
いっそのことダウンを着てしまえば暖かいのだろうが、ファンション的にそれはあり得ない判断だった。
微妙な露出を怠れば、それは魅力ない女の仲間入り。
昔は寒いからってデートの時にもダウンを着てたのを思い出す。
それが原因で元彼には散々嫌な顔をされた。
だが、ダウンを着ている彼女に嫌な顔をするような男と付き合ってた自分も自分だが。
「アッタカイ」
感慨にふける真弓の手ごと取って、オースティンは言う。
「オースティン?」
我にかえり首を傾げる真弓を見て、オースティンは手を解放した。
「Ok, go(よし、行こう)」
解放された手がなんとなく名残惜しい。
先に歩く男の後ろ姿を眺めながら、取られた手を意識する。
熱いのはカイロのせいだけじゃない。