「Here you are.(はい、どうぞ)」
「What’s this?(これ何?)」
「I don’t know. Maybe cassis orange(知らない。多分カシスオレンジ)」
「アバウトすきでしょ、アメリカ人」
そう呟いて飲んでみる。言われた通り、カシスオレンジだった。
「キライカ?」
「嫌いじゃないよ。あ、お金!」
二杯目から有料であることを思い出す。初対面の人間に奢られるなんて真似は出来ない。
しかしオースティンは真弓が財布の中から取り出した五百円玉を受け取らなかった。
「Do me a favor?(頼みがある)」
「え……」
まさか、何か極秘のミッションをやらなくちゃいけないのだろうか。
スパイになる準備はまだ出来ていない。
それかもしくは、ゴートゥーホテル?それは困る。
一夜限りの愛は受け付けていない。五百円の愛なんて安すぎるのではないか。
一瞬にして浮かんだ馬鹿馬鹿しい考えに苦笑する。
映画の観過ぎだ、自分。
「ツウヤクデキルカ?」
「通訳?」
「ソウダ。ニホンジントモットシャベリタイ。ダケドムズカシイ」
「そういうことならオーケーです」
先ほどまで頭の中に浮かんだ考えはなかった事にして、笑顔を浮かべ了承する。
五百円のアルコールはその前払いと考えてもいいはずだ。
「Thank you(ありがとう)」
優しい笑みを浮かべる。
この目の前にいる男はいつもこうやって国を問わず人を虜にしてきたのだろうか。
そんなことを真弓は考え、ハっとした。
女を口説くための道具にされたらどうしよう。
しかし、オースティンが向かって行ったのは、特に男女は関係なかった。
内容は主にスポーツの話。
どうやらアメリカでイチローのプレーを見て感激して日本にやってきたらしい。
中には通訳を必要としない人もいたが、通訳が必要な時には一生懸命英語を日本語へ、日本語へ英語へと脳内変換し言葉に乗せる。
実力は乏しいかもしれないが、何だかお酒を飲んでただはしゃぐよりも充足感を得ることが出来た。
「すごいですね、英語ペラペラじゃないですか。帰国子女かなんかですか?」
真弓でも知っている有名大学に通う日本人の男の子に言われ、真弓の頬は紅潮する。
自分よりも確実に偏差値が二十は高い人間に、学業の事で称賛されて悪い気がする人間はいない。
「どうもありがとう」
笑って答える。今日は何だか笑顔が止まらない日だ。
オースティンと目が合う。
ウインクし微笑みを浮かべる異国の青年に真弓も微笑みを浮かべた。