最初の二十分、真弓は一杯無料のチケットで手に入れたアルコールを片手にずっと会場の隅の方にいた。



どうやってコミュニケーションを取っていいのか分からなかったのである。


海外に行った経験はあるが、あえて自分自身から接触を異国の人間にしたことはなかった。


「……私は人見知りの転校生か」


消えてしまった友人を少しばかり恨めしく思いながら、今日来てしまった事を少し後悔し始めた時、突然会場が暗くなる。


「レディーエンドジェントルメーン!テンキューフォーカミーングトゥデェーイイ!(ご来場の皆さん、今日は来てくれてありがとうね!)」


壇上で、日本人の男の子がマイクを持って英語で喋っていた。


一瞬にして会場が盛り上がる。


「でも、俺英語苦手だからみんな持ち前の日本語力で頑張って!」


「何なんだよ、お前」


英語は最初の挨拶だけだったらしい。


日本語で話し始めた司会者に壇上に上がったもう一人の男の子がツッコミを入れている。


どうやら、日本に来ている外国人にもっと日本語に触れてもらおうという趣旨で日本語を話しているらしいことが、司会者の言い訳で分かった。

その後その会話はどんどん漫才のような会話に変化していく。


無茶苦茶ではあるが、面白い。


クスクスと肩を震わせて笑っていると、突然背後から声がする。


「Hi, What are they talking about?(やあ、彼らは何の話をしてるの?)」


「Uhh...His girlfriend is similar to the recently married actress.(えっと、彼の彼女が最近結婚した女優に似ているそうです)」


「It’s difficult Japanese.I couldn’t understand about it.(日本語って難しいね。理解出来なかったよ)」


「そんなことは……」


驚き横を向いた。目を丸くする真弓を見て、その青年は爽やかに


「Hi My name is Austin . How about you?(やあ、僕はオースティン。君は?)」


と言う。


「えっと……マイネームイズ マユミ」


 突然のことで、つたない英語になってしまった。


「Hi mayumi. Nice to meet you. Where are you from?(やあ、マユミ。よろしく。どこの国出身?)」


それを気にする風でもなく、オースティンと名乗った男は真弓に満面の笑みを浮かべる。


「I’m from Japan.and you?(日本だよ、あなたは?)」


「American.(アメリカ人だよ)」


「へえ……アメリカ人なのね」


ネームプレートを覗き込んだ後、真弓はオースティンの顔をしっかり見た。


あ、好み。


好きな海外ドラマに出てくる俳優に少し似た顔立ちは、きっとどこの国に行っても共通で好かれるだろう。


褐色がかった金髪に、青い瞳。


英語の教材に載っているような容姿である。


「ソウ、アメリカジン。キミハ、ニホンジンッポクナイネ」


鼻が日本人の造形よりも少し高い為に。


彫が深く見えてしまう為に真弓はよくハーフだと間違えられることが多い。


「日本人だし。ってか日本語喋れるじゃん」


笑いながら真弓が指摘すると、オースティンは「ホントニ、スコシダケ」と肩をすくめた。


そんな仕草も真弓にとっては新鮮で、えー、うそー。と笑ってしまう。


「Your glass is empty. Would you like glass of drink?(君のグラス空だよ。何か飲む?)」


「あー、どうしよう……」


「マヨウカ?」


「イエス、迷う」


真剣な表情で妙な日本語を使うオースティンに、真弓は笑いながら答えた。


先ほどの憂鬱な気分が嘘のように晴れているのが自分でも分かる。


「ドウシテワラウ?」


「笑ってないよ」


口を閉じ笑いを堪えると、「You laugh.(笑ってるよ)」と言って飲み物のコーナーへ行ってしまった。


「怒らせたかな?」


飲み物コーナーの中でも目立っているオースティンを見ていると、突然彼は振り返り真弓に合図を送る。


どうやら怒ってはいないようだ。


しかし合図の意味が分からなく、とりあえず人差し指と親指でオーケーサインを送り返す。