家に帰宅してから佑香は母親に「土曜日海に行く」と伝える。


「大丈夫なの?男の子ばっかりなんでしょう?」


心配性の母親はメンバーを聞いて、やはり心配そうに声をあげた。


「大丈夫だよ。みんなバイト先のいい人ばっかりだし」


「そう……?あ、そういえばお父さんが次の絵画コンクールの締め切りはいつなんだ。って言ってたよ」


「次は、確か来月だよ。最近根詰めて描いてたから息抜きしてきたいし、次の絵の下見も兼ねて行こうと思ってて」


素行に厳しい父親の話題を出され、言い訳がましく佑香はどうしても海に行く必要があると伝える。


本当絵など関係ない。


大月と一緒に楽しく話が出来るチャンスが欲しいだけだ。


「うーん。まあ、そう言うなら。そうよね。息抜きもたまには必要よね。最近遅くまで油絵やってるのも見てるし」


微妙な顔をしながらも、母親は了承した。



大学に入ってからまともに異性の男の子と一緒に遊んで来なかった佑香。


普段はずっと絵を描いたり、中高一貫の女子校に通っていた友人等と遊んだりなどしかしてこなかった。


初めての経験に多少浮かれていたのかもしれない。


その日から佑香は少しずつ絵を描かなくなり始めていた。



土曜日がやってきて、佑香は待ち合わせ場所であるアルバイト先のスーパーまで自転車で行く。


カラフルな自転車はカラッと晴れた土曜の午前中の陽気の中で輝いていた。


「あ、篠村さん」


トヨタのプリウスの前に立っている大月が、佑香に分かりやすいように手を振っている。


佑香も「こんにちは」と小さく手を振った。


自転車を自転車置き場に置いてから、佑香は車の前に立っている大月の元へ駆け寄った。


「あの。これDVDです」


袋に入ったDVDを袋ごと手渡すと、大月は嬉しそうな表情で「おお、じゃあ、行き道早速観よう」と言った。


メンバーも揃ったところで、車が発進される。


大月の他のメンバーは佑香があまり話したことのない人だったが、話してみるとすぐに意気投合した。


どうやらみんなアニメが好きらしい。


「そうなんだよ。ここのシーンでさ。兄貴役の声優がいい味出してるんだよ」


運転手がうんうんと頷きながら車の中で再生されているグレンラゴンに見入っている。


「ちょっと、小林さん!前見て下さい!」


笑いながら大月が言った。佑香も笑う。


それから数時間後到着したのは湘南の海だった。


「やっぱ、海といったらスラダンで有名なここでしょう!」


意気投合したメンバーは手分けして空車サインの出ている駐車場を捜しながら、今度はスラムダンクのサウンドトラックを車内に大音量でかけた。


「バスケが……したいです!」


間奏の合間に大月がキャラクターの有名な台詞を言う。


「大月のミッチー全然似てない。声も顔も」


「うるせえ。爽やかなところは似てるよ」


「自分で言うなよなあ」


再び笑いながら面々は再び始まったBメロのリズムに合わせながら口ずさむ。


ここまで趣味が分かりあえる人に佑香は会った事がなかった。