『ひろくん…、』
突然のことに、気持ちが整理できない。詩織は、潤んだ瞳で弘輝を見上げる。
弘輝の優しい顔を見たのはいつぶりだろうか。
もう随分こんな顔見てないな、と寂しい気持ちになり、静かに視線を落とす。同時に、頬を冷たいものが伝うのを感じた。
『ごめんね…』ぽろぽろ、と大粒の涙を落としながら詩織が呟く。
「詩織。」涙を拭おうとして伸ばした指を、そっと止める。
「俺は、もう君に触れることはできない。」
詩織がゆっくり頷くよりも先に、踵を返す。
美彩からであろう着信でひっきりなしに震えるスマホの電源を切り、駐車場に向かう。
バイクのエンジンを掛けながら、やはり詩織にはもっと別な男が似合うな、と考える。
その考えを刹那の内に風とともに書き消し、深夜の闇の中に溶けていった。