当然、まだお昼休みではないので、後輩の誰かが率先して電話に出るべきなのだが、彼女たちはキャラ弁の話で盛り上がっていて電話の音になどまるで気がついていない。
仕方なく私が受話器を取った。
「はい、泉栄不動産管理センターです」
『お疲れ様です、総合案内の古賀です』
「お疲れ様です」
あ、なんだ。受付からか。
いつも2人並んで濃いめのメイクでニコニコしながら受付に座ってるけど、どっちが古賀さんなのかしら。
……と、いらないことで集中力が途切れる。
「えーっと、部署は分からないそうなのですが、春野さんという女性の方はいらっしゃいますか?」
「春野は私ですけど……」
てっきりいつもお客様は総務部や人事部にアポや面接で来る人がほとんどだったので、その取り次ぎなのかと思い込んでいた。
まさか自分が指名される日が来ようとは!
でも、誰が何の用で?
『あぁ、よかったです。ご本人がちょうど出られたので探す手間が省けました』
電話の向こうで、受付嬢のホッとしたような声が聞こえた。
『葵測量設計事務所の神宮寺様という方がいらっしゃってます。ロビーまで来ていただくことは出来ますか?』
「えぇ!………………あ、……は、はい」
『ではそのようにお伝えしておきますので』
ブツッと切れた電話の無機質な電子音を聞いたまま、そうだったと思い出した。
そうだ、自分から言い出したんじゃない。
メガネの弁償をするから連絡をよこせと。
合コンが過去のことになり、ついでに彼のメガネを壊したことまで過去のこととして処理しかけてしまっていた。
お財布にお金は入って……るはず。
いくら請求されるだろう。
2万円あれば間に合うかな。
視力がいいのでメガネを買ったことがないから相場が分からない。
時計はちょうどお昼休みに入る12時になったところだった。
お財布とカーディガンを手に、足早にオフィスを出た。