一瞬だけでも、あなたの心に存在できただけで幸せだから。
駅に向かうにつれて、人混みが増していく。
慣れない浴衣のせいで呼吸が荒くなる。
少し痛み出す足。
こんなの我慢よ。
すぐ…慣れる。
あたしは人混みを掻き分けて、駅に向かう。
するとどこからか声が聞こえてきた。
「百合!!」
「……え?」
雑踏で聞こえなかった。あたしは聞き間違えてしまうのだ。
あの人の声と。
だから胸が急に苦しくなった。
スローモーションに動く世界。
だけど、あたしの前に現れたのはあの人ではなかった。
「百合!大丈夫?」
あたしを見つけると優しい笑顔で包み込んだ。
「安里くん…」
何を期待しているのだろう。
そんな期待、しても意味がないのに。
「はぐれないように、手握ろ?」
無邪気さの残る少年に、あたしはこの手で傷をつけた。