ピピピピッ…ピピピピッ……

「……はぅわっ……!!」

目が覚めると、そこは白い部屋では無かった。目覚まし時計を止め、目を凝らす。どうやらここは俺の家のようだ。

『……生き返ったのか……。』

はぁー……と深いため息が出てしまう。俺が現世に転生される前、ヨルからの忠告があった。

『まず、貴方は死んだことになっています。文字通り生き返ったということです。この矛盾は、永盛さんと保坂さんの2人以外を、我々が少しずつ補足していきますので。貴方が2人に話していいのは、自分が生き返った経緯など。悪魔や神の存在を話すのは構いませんが、終末のことだけは、絶対に喋ってはいけません。彼等が意識してしまえば、また違う未来が生まれる可能性が出てしまいます。生き返った後は、新しい記憶の流れに身を任せれば大丈夫です。……ではどうか、お気を付けて。』

と、それと『感動の再開を、どうぞ楽しんでください。』とも言われた。

「ってヤベェ!遅刻するっ!!」

俺は生き返ったあと、新米教師としてまさかの母校へとダッシュするのだった。

「────先日も、新しい先生を迎えたばかりですが、少々遅れてまた新しい先生がこの高校に赴任されました。新人教員の遠ノ江先生です。先生、よろしくお願いします。」

「ご紹介頂き、ありがとうございます校長先生。改めまして、遠ノ江友弥と言います。まだ教員になったばかりで、未熟なところもあるとは思いますが、皆さんとの距離を縮めるられるように頑張ります!よろしくお願いします!」

転生されて1日目、ちょうど月曜日だった。朝礼に呼ばれ、母校の舞台の上で生徒達の前で喋ることとなるとは、夢にも思わなかった。

「遠ノ江先生は副担任として、永盛先生のクラスを担当してもらいます。では、朝礼を終わります。」

朝礼のあと、永盛のクラスへ入ると、女子達の目線がとても輝いて……ギラギラとしていた。

「……えっと……新人教員の、遠ノ江友弥です。よろしくお願いします。」

女子達の方から小さく、キャアッと歓声のようなものが聞こえたのは気の所為だろうか?

「あー、ゆうっ……ゴホンッ……と、遠ノ江先生は数学を担当で、生徒の前で授業をするのは初めてだから、皆も俺と同じく、お手柔らかにな。」

はーいとクラスメイト全員が言うと、慎也は俺のことをじっと見つめた。

『……やっぱ、驚いてるよな……ここは先手を打つべきか……。』

「どうしたんですか永盛先生?なにか、聞きたいことでも?」

「っ……い、いや……なんでも……はは……俺の、勘違いで……。」

「永盛先生、今日のお昼は空いてますか?」

慎也はビクッと肩を強ばらせた。少し間が開くと、作り笑顔で答えた。

「え、えぇ……空いてますよ……。」

「よかった。では……。」

するとクラスの引き戸が開き、忠が入ってきた。白衣をヒラヒラと舞わせて、教室内に入って来る。その時の顔はまるで、俺を化け物のように見ていた。かなり俺のことを警戒しているようだった。

「あぁ、保坂先生。失礼しました。すぐに教室を出ます。では永盛先生、お昼に会いましょうか。」

俺は忠と入れ替わりに教室を出て、クラスを後にした。

『……しっかしまぁ……予想通り、警戒されまくりだよなぁ……。』

職員室のデスクで、様々な書類を読みながらボーッと考えた。やはり人が生き返るという大きな矛盾が現実に起きてしまうと、信用してもらうのにも和解するのにも、かなり厄介なのだろう。

『アニメや漫画みたいに、サラッとはいかねぇか……。』

「……はぁ……。」

「あら、もうため息ですか?遠ノ江先生。」

声をかけられたのは、同じ数学科の平泉玲香(ひらいずみれいか)先生だった。フワリとしたサイドテールが特徴だ。分かりやすい授業で、特に男子生徒に人気だそうだ。バレンタインデーには、男女共に多くの生徒からチョコを貰ったとか。しかも見た目とは裏腹に、キックボクシングをやっているらしい。

「あっ、平泉先生。ちょっと考え事をしていたもので、あまり気になさらないでください。」

ニッコリと歯を見せて笑ってみると、平泉先生は少し顔を赤らめた。その反応に、少し俺は驚いてしまう。慌てて口を開いた平泉先生が更に顔を赤くして言った。

「あ……その、初めての授業……が、頑張ってくださいねっ……失礼します……!」

「えっ?あぁ……はい……。」

急に態度をしおらしくし、急いで俺から離れていった平泉先生に俺は呆然とした。

『……俺……何か、しちゃったか……?』

学生の頃から、少し鈍いと言われてきたので、相手のその反応が何を示しているのか、いまいち分からないことがあった。忠からは『この天然たらしの能天気野郎!』と、罵られたことがある。

「ほほ〜う……新人クンの遠ノ江先生は、エラいモテるようですなぁ。こりゃ大波乱の予感がしますねぇ……!」

「羨ましい限りですよ全く……。」

両隣から声をかけてきたのは、体育科の太田信彦(おおたのぶひこ)先生と、科学基礎を担当する細谷春輝(ほそやはるき)先生。どちらもほかのクラスの副担任で、細谷先生は保坂のクラスの副担任だった。

「あのどんなイケメンにも動じなかった玲香先生が、あそこまで態度をねぇ……遠ノ江先生、学生時代さぞモテましたでしょう?」

「あははっ……そんなことないですよ〜。俺、彼女作ったことありませんし。」

「え、嘘っ!?」

「その顔でですか……!?」

すごい顔で驚かれるが、やはり分からない。

『その顔って……どんな顔なんだよ……。』

「いやぁ……学生のとき、告白とかされてもいまいちピンと来なかったんですよ。恋愛だとか、誰かを好きになるとか……だから、彼女とかは1度も……。」

「1度も!?」

「……信じられません……こんな絵にかいたようなイケメンが、彼女いない歴=年齢だなんてっ……!」

「なぁ遠ノ江先生っ!本当に彼女、作ったことねぇのか!?嘘じゃねぇのか!?」

「ほ、本当ですって……。」

太田先生に肩をガッシリ掴まれてズイッと顔を近づけられた。実際の所、俺には12年間の空白の時間があるから、彼女もなにも作れなかった訳だが、やはり嘘でもいたと言った方が良かっただろうか?

「俺は、そんなに……顔いい訳じゃあないでしょうし……そもそも、恋心というものも分からずに、この歳になってしまったようなものなんですよ……だから、もう勘弁してくださいよ太田先生……。」

若干の上目遣いで太田先生の顔を見ると、石のように固まった太田先生は、ゆっくりと俺の肩から手を離し、彼のデスクへつっ伏す。

「イケメンの破壊力ってほんとイヤだぁ〜……!」

「……遠ノ江先生。」

肩にポンと手を置かれ振り向くと、必死な顔で俺に言った。

「貴方は、めちゃイケメンな上に……破壊力満載なんですよ……!」

「っ……そ、そうなん、ですか……?」

えぇそうですよ……!と、続ける細谷先生。

「この学校が主催のミスターコンクール、教員部門第3位の太田先生があの状態……しかもミスコンクール、教員部門第1位の平泉先生がアレなんですよっ……!?貴方がこれまでで1番ずば抜けてイケメンってぐらい、貴方はイケメンなんですよ……ちょっとは自覚して下さい……!」

「み、ミスターコンクールに……ミスコンクールなんてあるんですか?」

「えぇ、毎年大人気ですよ……生徒はもちろんのこと、教師からも選出されます……賞状も貰えますし、副賞の食券1ヵ月分はかなり大きいですしね……。あ、そう言えば……貴方と永盛先生と保坂先生は、もう既に人気が高いようですよ……開催日も近いですし、是非……頑張ってくださいね……。」

俺が学生だった時はそんなイベントは無かったのだが、いつの間に出来たのだろう?そんなこんなでもう2時限目が終わろうとしていた。

『っと、もうすぐ初授業か……平泉先生の授業見学か……なるほど。』

「色々お話聞かせていただき、ありがとうございます。では失礼します。」

「……初授業、頑張ってください……。」

「おー、頑張ってくださいよー!期待の新人イケメン先生っ!」

「あはは……ありがとうございます。頑張ってきますね!」

3時限目の数学の授業、平泉先生が主体となり授業を進めるが、後半10分程度は俺が生徒の前で授業をする。

『あー……キンチョーすんなぁ……!』

俺は平泉先生のクラスへ入ろうとすると、後ろから走ってくるような音が聞こえた。

『……ん?』

「遠ノ江先生〜っ……まだ入っちゃだめっ!!」

「えっ……?」

そのまま勢いは止まらず、走ってきた彼女は俺の懐へとタックルするようにダイブした。

「……ケホッ……いてて……だ、大丈夫ですか……平泉先生……?」

盛大に尻もちをつき、彼女を抱くような状態になってしまった。

「いたたた……っ……あ!その……すみませんっ……あっと、その……止まれなくて、あの……えっと……!」

とりあえず身を起こし、彼女の肩に付いていたホコリを払った。

「大丈夫……ですか?……怪我とかはしてませんか……?」

すると彼女は、耳まで顔を真っ赤にして地べたに正座をした。

「だ、大丈夫ですっ!誠に申し訳ありません!ちょっと、先にこの教室に入ると、少々問題がありまして……と、とりあえず!ぶつかってしまい、本当にすみませんっ!」

「いえいえ、お怪我が無くてほんとによかったです。」

俺は立ち上がりズボンのホコリを払うと、彼女へ手を差し伸べた。

「立てますか?」

彼女は少し固まったあと、黙って頷き俺の手を取った。

「じ、じゃあ……私から、入ります。」

身構えるように息を整え、彼女が教室の引き戸を開くと、ドアのすぐ横からだろうか、ホウキが平泉先生に向かって行く。

「フンッ……!!」

それを予測していたかのように、彼女は出席簿でホウキを止めた。

「ちぇ〜……またダメだったか……新しい先公だったらいけたのによ〜。」

「いい加減にしなさい霧谷君。ほら、もう授業時間です。席に戻りなさい。」

「へいへーい。」

『っ……ビックリした……!』

一瞬の出来事だったが、俺が先に教室へ入っていたら、勢いよくぶつかってくるホウキをモロに食らっていただろう。

「ほらそこの女子達も、化粧道具もスマホもしまいなさい。授業時間ですよ。」

「……はぁ?なんかマジウゼェBBAがほざいてるんだけど。チョーウケる(笑)。」

「……貴女達、学校を卒業する気があるなら、今すぐにしまいなさい。それとも、私の出席簿が欲しいの?」

「……チッ……この暴力ババアが調子に乗りやがって……。」

どうやらこのクラスは、他のクラスより問題児が多く集まっているようだ。数人の生徒が、規則破りの格好をしている。それ以外の生徒は、その少数に巻き込まれまいと萎縮し、ただひたすらに黙っていた。

「今日は皆さんご存知のとおり、新人の先生が初めて授業を行います。ご迷惑のかからないように、真摯な態度で励むこと。いいですね?」

少数以外の生徒が、弱々しく返事をする。俺は元々用意されていた、教室の隅のパイプ椅子へと向かう。すると、誰かが俺の足を引っ掛けた。

「うわっ……!」

そのまま地面に叩きつけられると、俺の頭の上でクスクスと笑う声が聞こえた。

「へへっ……ダッセェな……新人野郎。」

その男子生徒は、先ほどの霧谷(きりたに)と呼ばれた生徒だった。

「コラッ……霧谷君!貴方はほんと……!」

「コホッ……待ってください、平泉先生。大丈夫ですよ。」

再び体に付いたホコリを払うと、わざと聞こえる声でこう呟いた。

「あっ……参ったなー。今の衝撃でスマホにヒビが入っちゃったなー……どうしよう……。」

「なっ……!?」

教室全体がざわついた。平泉先生も、顔を青ざめた。

「あぁ……そんなっ……霧谷君っ!!」

「っ……ち、違ぇよ!!俺の足に勝手にコイツがっ……!!」

「あぁ、ごめんなさい本当にっ!そんな、なんて取替えしのつかない事をっ……!」