「ねぇ、誠也…、いいでしょ?」
甘ったるい女の声だけが事務所に響いていた。
この人はきっと誠也さんの彼女だ。
少し遠目から見ても2人はお似合いだ。
大人っぽい色気が2人からは出ていた。
誰も近づけないような妖艶な瞳。
誠也さんの腕に絡まれている細くて華奢な腕。
その全てに釘付けになってしまった。
そして、リップ音が響いた。
私、場違いだ。
2人のいい雰囲気を壊したらいけない。
1回部屋に戻ろう。
そう思って足を螺旋階段の方に戻そうとした。
でも、もしここで足音を立てたら2人に私の存在がバレる。
かといって、この2人のやり取りを見てるなんてできない。
あ────────、どうしよ。
「あ、もう時間だ。またね誠也」
その時、タイミングよく女の人が事務所から出ていったのだ。
私はホッと、胸をなでおろした。
「あぁ…」
そんな低く、甘い声に私の心はドキッとした。
「じゃあ、またね」
そう言って2人は軽いキスをして分かれた。
今日はたまたまだったからいいけど、毎日のようにこんなのに遭遇したらどーしよ。
いや、ないか。
私、毎日コンビニ行かないし。
コンコンッと足音が近づいてきた。
あ、やばい。
そう思った時にはもう遅かった。
「何してんだよ」
誠也さんとばっちり目が合う。
「いや…これは、あの」
いい言い訳が見つからない。
どうしよ。
誠也さんの鋭い目は私を捕らえていた。
「…部屋にもどれ」
え。
そう一言言って誠也さんは螺旋階段を上がっていった。
はぁ…。
誠也さんになんか言われるかと思った。
私は誠也さんの後ろ姿をただ、見ていた。
その背中には大きな。
とても大きな。
華の刺青があることを
私はまだ知らない────────。