「名前」
「え」
部屋に響くのはさっきの低く声ではなく、甘美な声だった。
「お前の名前」
誠也さん、私の名前知らなかったんだ。
てっきり、知ってるのかと思ってた。
「多村琴…です」
そう言うと誠也さんはソファーから立ち上がり、私に近づいてきた。
私の心臓は速度を速める。
そして、綺麗な顔が私の目の前に。
その顔には暗い影が落ちていた。
「…」
なんで、何も言わないのよこの男。
ただ私を見てるだけ。
口を開く事はなく、部屋から出た。
「っ…」
緊張した。
あんな綺麗な顔近くで見るのは初めてだった。
なんかされるのかと思ってた。
何も言わず立ち去った誠也さんからは香水の匂いが微かにした。
「多村琴、来い」
瀬戸大凱が私の手を引いた。
「あ、の…」
「…」
何も言わない。
この空気、私苦手だ。
「お前はここから逃げられないよ」
不意に言われたその言葉。
その意味を私はわからなかった────。
そして、私を椅子に座らせ
治療をしてくれた。
逃げられない────────。
それは何を意味してるのだろう。