「んぅ………」
肌寒さに、意識が少しずつ浮上する。
まどろみの中寝返りをうつと、隣の温もりが消えていることに気がついた。
「っ……」
飛び起きると、案の定、彼の姿は無かった。
ため息を吐きながら、ボフンとベッドに倒れた。
腕を天井に向かって伸ばすと、あの時よりも長くなった小指を立てる。
「覚えてるかな…」
仕事に向かったであろう彼を思い出しながら呟いた。
今から11年ほど前の記憶。
あの頃の私は、本当に泣き虫だった。
かけっこの途中で転んで、泣き叫んで、見かねた先生がレースを最初からにしたり。
給食を食べるのが皆より遅くて、泣きべそをかいたり。
小学校に上がっても泣き虫は治らなくて。
クラスメイトに、しょんぼり亀さんなんて呼ばれたり。((どうして亀さんなのかは覚えていない
でも、傍にはいつも、充がいてくれた。
かけっこが終わってもめそめそしてる私を
元気づけてくれた。
給食が早く終わるように、こっそり私の分の牛乳を飲んでくれた。
馬鹿にしてくるクラスメイトを逆に論破してくれた。
『俺より足遅いくせに、亀はお前だろ』って、そりゃそうだよ、充より足速いのなんて、上級生くらいだった。
私はとっても甘やかされて育った。
主に充によって。
でも、中学2年生のとき。
『……俺、スカウトされた』
『え?』
アイドル事務所にスカウトされた充は、今までのように、私の傍にはいられなくなった。
そして私は、充がたまに帰ってきても避けるようになった。
気がついたらテレビにも出ていて、街中の電光掲示板にも映るようになって。
嫌だった、嫌で嫌で仕方なかった。
私を裏切って、私以外の女の子にきゃあきゃあ言われて、笑顔を振りまいてる充が……大嫌いだった。