夜も午前1時を廻っていた。未だテキストエディタは、その白さを保ったままだった。

 机の引き出しを開け、一冊のノートを取り出す。

 パラパラとノートのページをめくり、まだ何も書かれていないページを開く。徐(おもむろ)にペンを取り、ふっと軽く目を閉じ、今日の出来事を思い出す。

 そう、これは日記。

 高校の卒業式の時、担任が僕に向けた言葉だった。

 「もし、本気で物書きを目指すのなら、日記を書きなさい。毎日、三百六十五日空けること無く日記を書きなさい。一日たりとも筆を休めない様に」

 担任は国語の教師。僕が小説を書いている事を知っている。そして、始め反対されていた大学の文学部に受かり、その意を想い、送った言葉だと感じている。


 ***6月○日

 バイトが休みの今日、近くの公園である人と知り合った。

 名前は、今村沙織。常磐大学教育学3年。

 偶然にも同じ大学

 そして初めて僕の小説を面白いと言ってくれて感想を返してくれた人。

 また僕の小説を楽しみに待っていると、言ってくれた初めての読者。嬉しかった。

 大人しめで、可愛い感じの女性。木陰に並んで座っていた時、彼女からくる優しい柔らかな香りが印象的だった。

 今日、彼女のSNSアカウントを登録した。

 出会ったばかりなにと思ったが、小説が書けたら連絡が欲しい。とても熱心で、僕にとってはただ彼女がそれだけの事で登録したとしても、とても嬉しかった。

 こっちに来てようやく知り合えた女性。

 彼女とか、そういう事ではない事は解っているが……少し胸が苦しいのは気の性なのか。

 ***


 ノートを閉め、また机の引き出しにノートを戻す。


 椅子から立ち上がり、ガラガラと部屋の窓を開け狭いベランダに立つ。煙草を1本取り出し、「カチャ」と小気味よく鳴る音と共に付いたオレンジ色の炎を見ながら、銜(くわ)える煙草に火を点ける。


 「ふう」とため息と一緒に白い煙が放たれる。

 眠らぬ街の騒めきが、深夜の僕の部屋まで訊こえている。

 ここは、巨大な街の中だ。この街の中に多くの人々が蠢(うごめ)き暮らしている。泣いて笑って、悲しみ怒り、その過ごした日々を自分の思い出と言う記憶に残して、明日に向かって生きていく。


 そんな人々の願いが、少し先に見える煌々と光輝く街の明かりに移し出されている様だった。

 「もう寝よう」

 日が上がればまた忙しい一日が待っている。明日は講義が3つにサークルの定例ミーティングがある。

 そして、明日はバイトもある。

 僕は灰皿で煙草の火を消し、そのままベットに潜り込んだ。


 街の夜は日ごとに寝苦しさを増してきていた。