達哉へ


 ごめん、私もうあなたの前にいることが出来ない。

 あなたを目にすることが出来ない。

 小説、黙って読んだことはお詫びします。

 あなたは何時から知っていたの。

 私が記憶を失ってしまうことを……

 私に付けられた病名


 「特定感情消失症」


 私は、私は、自分の一番大切にする記憶を失う病気。

 それはいつ来るのか、そしてどの記憶が無くなるのかは分からない。

 あなたはその事を知って小説にそれを書いた。

 貴方がどうして、いつ知ったかは分からない。でも書いていることは、私がこれから迎える事。貴方はそれを書いた。


 私はずっと隠してきていた。


 私は今までの記憶を失いたくはなかった。本当は。

 ナッキの事も、私を育ててくれた両親の事も、喧嘩ばかりしている佑太の事も……。

 あの時、公園であなたの小説を拾い上げ、そして読んであなたの暖かさに触れて、初め私はあなたに甘えた。

 もしかしたらこの人の事を一番に想えば、私の大切な人の記憶を守れるんじゃないかって。

 でも、それは違った。大きく違ってしまった。


 私は、あなたを達哉を本気で愛してしまった。本気であなたを失いたくないと思った。

 私の中で一番失いたくないもの。それはあなた、達哉。


 教育実習の時、私生徒達と話したの。自分にとって一番大切なものは何かって。その時、浮かんでくるのはあなた達哉の事しか浮かんで来なかった。だから勉強をしだした。

少しでも貴方だけしか考えられない自分を変える為に。

 貴方の記憶が守られる様に。

 こんな形であなたの前にいられなくなったけど、これで多分貴方の記憶は残るかもしれない。辛い記憶として……

 辛い記憶。それでも貴方の事を思い出すことは出来る。どんなに辛くても、達哉の事は消されずに済む。


 だから、その辛さが薄れない様に、私はあなたに会うのをやめます。


 ごめんなさい。達哉、ごめんなさい。


 私が一番愛した人。そして一番失いたくない記憶。


 今までありがとう達哉。  
 
 亜咲達哉へ

 今村沙織