僕は返す言葉がなかった。宮村の気持ちもよくわかる。今だからこそ落ち着いて見える愛奈ちゃんなんだが少し前まで、本当に本当に……そんな二人を僕はずっと見て来ている。宮村も愛奈ちゃんも。


でもそれでも時間は過ぎ去る。何もしなくても愛奈ちゃんのお腹の中では赤ちゃんが育っていく。


 「亜咲。俺、如何したらいい」悲痛にも似た声で宮村は僕に問う。 

 「どうしたら言って、僕がそれを言う事は出来ないよ」

 宮村は起き上がり、いきなり僕の襟元を鷲掴みして


 「お前、俺の親友だろ。その親友が困っているのに何も出来ないって言うのか」


 「ああ、そうだよ。俺じゃ何もできないよ。それに愛奈ちゃんは俺のもんじゃない。俺がお前に変わって決める事じゃない……」


 思いっきり怒鳴ってやった。そして言い終わる寸前宮村のこぶしが飛んだ。上半身が土手に殴りつけられた。宮村の「この野郎」の声と共に。


 頭が真っ白になった。次の瞬間こぶしが宮村の頬を殴りつけていた。「泣き言言うんじゃねぇよ」と罵倒しながら。


 殴り合う。お互いに殴り合った。痛みなんか何も感じなかった。その時は……


 二人とも疲れ果て土手に大の字に寝転んだ。そして上に見える少し秋めいた青い空を二人で眺めた。そして不意に宮村が声を上げて笑った。僕も笑った。二人とも次第に感じる耐えがたい痛みをこらえながら。腹の底から出てくる笑いを止めることが出来ずに笑った。


 「亜咲ありがとな」宮村がぼっそり言う。

 「なにが」

 「いろいろとな」

 「そんなのいつのも事だよ」呆れた様に僕は行った。

 「そっか」と言って宮村は痛がりながら起き上がった。

 「お前なかなかいいパンチ出すじゃねぇか」

 そう言って空を見上げながら

 「俺、決めたよ。決めた。今決めた。だから後はもう覆(くつがえ)さない。俺、一番大事な愛奈に俺の大事な子生んでもらう。例えどんな事になろうとも愛奈に俺の子生んでもらう。あいつが嫌だって言っても無理やり生ませてやるぜ」

 「馬鹿かお前は」そう言われた宮村は照れながら電話を掛けた。

 愛奈ちゃんの両親に。明日時間を作ってくれと。とても大切な話があるからと。

 そして「さぁ、愛奈迎えに行くぞ」僕と二人アパートへ向かった。