沙織を駅で見送りアパートへ向かい歩いた。

 たどり着いた、数日空けた僕の部屋はいつになくがらんとしている。沙織もいない、そしてさっきまでいたあの海と店のざわめき。まだ耳の奥でその音が聞こえている。

 バイトは今日と明日の2日連休。むこうでの体がまたここでの生活に物足りなさを感じさせた。

 「とりあえずシャワーを浴びよう」

 シャワーを浴びた後、書くことが出来なかった日記をまとめて書き綴る。

 ガラガラ、窓を開けた。見上げる雲がピンク色に染まっている。煙草に火を点けふうと煙を吐いた。

 今の時期にしては涼しい風が舞い込んできた。

 ふと沙織の事を思っていた。

 沙織は良く涙を流す。事あるごとに、それが彼女だと言えばそうかもしれない。そして一つ一つくだらない事でも一つでも思い出にしたい。ちょっとしたこと、毎日繰り返すちょっとしたしぐさを。
 
 彼女の中にある世界は、沙織はどんな世界にいるんだろう。

 そして事あるごとにする涙。 

 沙織は幸せだから。幸せだから出るんだよ。そう言っていた。

 沙織に触れたとき、たまにとても冷たく感じることがある。そして沙織の中から何かが消えてしまいそうな。

 沙織は自分を自分の中にある自分を、自分で刺すようなことがある。それは彼女自身感じていない事。無意識にやっている事。愛奈ちゃんのようなそんな感じではなく。自分ですべてが解りそれを恐れ刺し殺す。

だからとてもつらい。それを繰り返し……

 いつか沙織が僕の前から消えてしまいそうな……

 美野里と同じように、彼女も僕の前からいなくなってしまうのか。

 そんなことが、頭の中を駆け巡った。

 沙織との約束。

 もし見失ってもまた見つけ出せるように彼女の小説を書くと、約束した。

 でも、沙織が言う見失う事それは何を意味しているのは解らない。

 それから僕は沙織の小説に没頭した。

 僕は沙織の小説と言っているが、実際は少し違う。

 それは小説の中では沙織が二人いるからだ。彼女たちの名前はまだ決めていない。お互い違う名前にするつもりだ。

 一人は、この世界この現実の世界で成長し生きる沙織。そしてもう一人は、沙織と同じ生を受けた沙織。だがその沙織は遠い空でしか生を成すことが出来なかった。肉体もなく生きる心だけの沙織。