部屋のドアを開けると付けっ放しにしていたエアコンがさらりとした空気を保ってくれていた。
僕が買ってきた飲み物を冷蔵庫に入れてると
「達哉さん、シャワー借りてもいい」
今日は暑いなか歩き回ったからと思い
「ああ、いいよ。タオルは洗面台の横の棚にあるから適当に使って。あ、それからちょっと待ってて」
そう言って押入れの中にある衣装ケースを漁り、予備に持っていたハーフパンツのスエットセットを出して沙織さんに渡した。
「ごめん下着は用意できないけど、取り敢えずこれ着て」
「あ、ありがとう。下着はさっき用意したから大丈夫。これ借りるね」
少ししてシャワーの音が訊こえてきた。
僕は彼女がシャワーを浴びている内に日記を書いた。
***7月○日
今日、この部屋で沙織さんに告げた好きだと。
断られるかもしれないと思ったが、沙織さんは僕を受け入れてくれた。
嬉しかった。とても物凄くうれしい。
これから沙織さんとの日々が始まる。そしていきなりだが、なりゆき上こうなってしまった。沙織さんがこの部屋に泊まることに。
出会ってからまだ一か月も経っていない。そして気持ちを伝えたその夜に彼女は僕と一夜を共にすることになった。
***
日記を書き終わり、いつもの机の引き出しに仕舞い込むと、沙織さんが浴室から出てきた。
ぶかぶかのハーフスエットの上下を適度に折り合いをつけた様に着こなしていた。出てきたその髪はまだ濡れていた。
「ありがとう、あぁすっきりした。でもさすが男性用、ぶかぶかだね」
「そりゃ、仕方がないよ。第一造りが違うからさ」
「確かに納得」
「それじゃ僕もシャワー浴びてくるか。今日はいろんな所行ったからベタベタだしね」
そして沙織さんは神妙な趣で
「達哉さん今日はありがとう。急に買い物に付きってくれて素敵なお店でお食事をさせてくれて、そして……好きだと言ってくれて……ありがとう」
「どういたしまして」そして濡れる髪をそっと手で寄せてキスをした。
「もう、達哉さんてもしかしてキス摩?さっきからキスばかりしてない。早くシャワー浴びて来て」
「ハハハ、そうかもしれない。それじゃ行ってくる」浴室のドアを開けシャワーを浴びに入った。
少し温(ぬる)めのお湯を浴びる。そして体を念入りに洗った。念入りに。
浴室から出ると沙織さんはまたぺたんと座ってスマホを眺めていた。
「何見てるの」髪を拭きながら問かけた。
シャワーを浴び終えた僕を見ながら「小説」と答えた。
電子本と言う最近人気の本の体系。今まであった文庫本や漫画なんかをデーター化して読む本。わざわざ本屋に買いに行かなくても、スマホやタブレットなどにダウンロードして読める気軽さが売りになっている。
「冷蔵庫を開け」沙織さんに「飲む?」と訊くと「ハイ」と答えた。2本取り出し1本を彼女に手渡した。
缶を開けビールをのどに流し込む。風呂上がりのビールが一番体に沁みる。
時計を見るともう11時を過ぎていた。
「11時過ぎたね」彼女の門限の時間。彼女も時計を見て頷いた。
お互いに感じる罪悪感。でも、もう既に後には戻れないことも知っている。
ベットに腰かけ、ビールを一口飲んでテーブルに置いた。沙織さんもスマホを終(しま)い自分のビールを一口の飲んだ。そしてゆっくりと僕の所へ来て「ここ、いい」と静かに言った。
「いいよ」彼女が僕の隣に腰かける。
遠慮がちに彼女の手が僕の手を握り「今度は達哉さんの話訊きたい」と小さな声で言った。
「そっかぁ、うんそうだね。僕は……」
僕は中学の頃どんなかを簡単に話した。これと言って中学時代目立つこともなく、大人し目で率先して友達と遊ぼうという子ではなったことを話した。
「なんか私と似てるね」
高校は、殆どこの中学からエスカレータ的に進学する所には行かず、あえて電車で3つ目の駅にある高校に進学した。3年間なんとなくいた同じ顔をまた3年も見続けるのは嫌だった。
それに高校からは自分を変えたかった。
自分を180度変えることは出来ないが、出来るだけクラスの奴らと話をしたり、率先することもないが友達もそれなりに作った。
そしてその頃から小説を書き出した事を話した。
やはり沙織さんからは「どうして小説を書こうと思ったの」書くきっかけを訊かれた。
それは何となく。アニメ好きでオタクとまでは行かないが、アニメの世界に引き込まれるのは好きだった。異世界物のラノベも好きで気に入ったものを読んでいた。
そんな時宿題に飽きた僕は、レンタルしていたアニメを見始めた。
見終わった後「やっぱりいいなぁ」と思いつつその内容を思い出しながら情景をノートに書き綴った。そして障(さわ)りの部分を自分なりにアレンジして書いてみた。
読み返すと自分ながらも良く出来た内容に感心した。
「達哉さんて意外と自分に酔いしれる人だったのね」沙織さんがちゃかした。「そうでもないよ」と言って彼女の乾いた髪をクシャとした。
まぁ、確かにその時は自分に酔いしれていたかもしれない。それから自分の好きな物語をアレンジして創作する事が好きなっていた。 ある日、行きつけの図書館で一冊の本を手にした。それは今まで読んでいたラノベではなく普通の小説だった。
最初は手に取ったがまたもとに戻した。でも気になって次の日その本を借りて読んでみた。今までと違う、そして少し難しい表現を目にしながら。
いろいろ難しい所もあったけど、面白かったと思う。これならなんだか自分でも物語を書けるんじゃないかと思った。ここまでだったらまだ可愛げがあって良かったんだが、無謀にもラノベ出版の大賞に応募しようと考えた。大賞は賞金と書籍化が約束されていた。
それを目指して初めて自分でオリジナルの物語を書いた。そして応募した。
「で、結果はどうでした」
無残というよりも、選考にも残らなかった。期待していただけに落胆も大きかった。興味本位でその大賞作品を読んでみた、そして自分の力のなさがその時初めて身に染みて解った。
まぁ、それからは気長に小説と向き合う様にしていたけどね。
「そっかぁ。何となく書こうとしたんだけど意外と想いはあるんだ」沙織さんはうんうんと頷きながら感心している様だった。
「それでその後小説はどんなふうになったの」
沙織さんはその続きを期待していたが、僕は飛ばして大学に入ったときの事を話し始めた。
沙織さんは、ちょっと不思議そうにしていたが僕はこの後に続く美野里の事を話すと後が続かない様に思えたから。
実は今の大学初めの志望校から変えて入ったんだ。いろいろあってね。
それでこの大学で宮村と出会った。最初はコイツ誰とでも付き合うちょっとへらへらした奴だなぁって、僕にしては苦手なタイプだったかもしれない。
あの新入生の部員獲得祭(1年の新入部員獲得合戦がお祭りの様だったから)の時、各部から宮村は誘いを受けていた。
高校の時はスポーツ万能。しかも、あたかも彼が各部を引っ張るかのように宮村が関わる部はその名を残すようになった。当然のことながら宮村は他の大学からも推薦の誘いが多く来ていた。でも彼はその誘いをすべて断りこの大学の経済学部へ入学した。
そして彼の名声からすれば信じられない事に文芸サークル(文芸部)に所属した。
始めはどうしてかわからなかったが宮村は僕に付きまとう様になった。あの時訊いた宮村の話で何となく解ったのだが。
まあ、サークルでそれなりに受け答えをしたのは僕位だからかもしれない。なにせ、本校部としての部員はみんな口数の少ない一篇やりの奴が多かったから宮村の性格を敬遠していた。
そんな宮村にはかわいい彼女がいる。佐崎 愛奈(さざき まな)宮村とは高校の時からの付き合いだそうだ。そして彼女は今、イラストレーターとして活躍している。
高校を卒業して宮村は大学へそして彼女、愛奈ちゃんは2年生の専門学校へそれぞれの道へ向かったらしい。
誰とでも親しくなる宮村は意外にも真剣に愛奈ちゃん一筋だ。
1年の頃は、頻繁に愛奈ちゃんと連絡を取り合っていた。毎日、時間がある時常に、多い時は1時間おきに連絡を取り合っていた。
僕はこの宮村の行動に何度か異常さを感じ訊いたが「いやー彼女嫉妬深くて、俺信用無いからいつも連絡しないと……」そんな事を言っていた。そんなある日宮村からの電話が僕のスマホを鳴らした。
「亜咲、悪い助けてくれ」切迫した声で宮村は僕に事の次第を話した。彼の声からとても危険な状態であることが感じられた。それは宮村の彼女。佐崎愛奈の事だった。
愛奈ちゃんは、高校の3年の頃から精神が不安定になりやすくなっていた。それまでは彼女も美大を目指し頑張っていた。そして宮村も数校の推薦を受けていて自分の道を決めようとしていたその矢先、突如に愛奈ちゃんの精神は崩壊した。
高校3年の秋、愛奈ちゃんは自殺未遂をした。自分では何も気が付かないうちに自分で命を絶とうとした。すぐに発見された為大事には至らなかったが、すでに彼女の心は病んでいた。
愛奈ちゃんはしばらくの間入院をして治療に専念をせざろうえなかった。目標にしていた美大を諦めて。
退院後も落ち込みの起伏が激しく、たまにふっと姿を消して踏切の前で立ち竦んだり、気が付けば知らないビルの屋上だったり。目を離す事が出来ない状態だった。
そんな愛奈ちゃんの状態を察し、彼女の両親そして彼女自身から彼女と別れるよう宮村は説得された。不安定な愛奈と一緒にいるよりも未来のある宮村の事を思っての事だった。
だが宮村は真っ向から立ち向かった。愛奈ちゃんの両親を目の前にして
「何で愛している人と別れなきゃいけない。別れることで愛奈が元のようになるのか、俺はそうとは思わない。俺は本気で愛奈を愛している。俺たちは2人で一つだ、例え愛奈がどんな姿になろうとも俺は一生愛奈を愛し続ける」
そう言って、全ての推薦を蹴りこの大学に入った。少しでも自由が利く様にと。そして文学青年でもある宮村は文学と経済の融合を模索すると文芸部に入部した。
あの時、宮村から電話を受けて2人で愛奈ちゃんを探した。専門学校の帰りふと姿を晦(くら)ました愛奈ちゃんを。
愛奈ちゃんに付けてあるGPSを頼りに探した。発見したのは房総半島のマリーナだった。そこで静かに海を眺めていた。薬が効いていたのだろう、命を絶とうとはしていなかった。それからこんなことが何度かあった。
宮村が言う「それに俺はこいつにあんまり頭が上がらない。俺はいろんなところで、こいつに助けられているからな」この言葉はこのことを言ったのだろう。
今は、新しい治療方法と新薬のおかげで愛奈ちゃんはすっかり落ち着いている。良く僕とも食事に行ったりいろんな話をしたりもしている。その傍らでいつも宮村が愛奈ちゃんを見ている事を彼女は知っている。そして愛奈ちゃんも宮村の事をいつも見ている事を彼は感じていた。
沙織さんはまた目に涙を溜めていた。
「宮村さんにそんな事があったなんて、あの姿からは想像もできない。本当に宮村さんて凄い人なのね。そして達哉さんも。達哉さんが居たから今まで宮村さんは大学でやって来れたんだわ。そしてこんなに愛されている愛奈さんも幸せね」
「うん、そうだね。宮村は本当に愛奈ちゃんを事大切にしている」
沙織さんは俯きながら小さく頷いた。
僕が買ってきた飲み物を冷蔵庫に入れてると
「達哉さん、シャワー借りてもいい」
今日は暑いなか歩き回ったからと思い
「ああ、いいよ。タオルは洗面台の横の棚にあるから適当に使って。あ、それからちょっと待ってて」
そう言って押入れの中にある衣装ケースを漁り、予備に持っていたハーフパンツのスエットセットを出して沙織さんに渡した。
「ごめん下着は用意できないけど、取り敢えずこれ着て」
「あ、ありがとう。下着はさっき用意したから大丈夫。これ借りるね」
少ししてシャワーの音が訊こえてきた。
僕は彼女がシャワーを浴びている内に日記を書いた。
***7月○日
今日、この部屋で沙織さんに告げた好きだと。
断られるかもしれないと思ったが、沙織さんは僕を受け入れてくれた。
嬉しかった。とても物凄くうれしい。
これから沙織さんとの日々が始まる。そしていきなりだが、なりゆき上こうなってしまった。沙織さんがこの部屋に泊まることに。
出会ってからまだ一か月も経っていない。そして気持ちを伝えたその夜に彼女は僕と一夜を共にすることになった。
***
日記を書き終わり、いつもの机の引き出しに仕舞い込むと、沙織さんが浴室から出てきた。
ぶかぶかのハーフスエットの上下を適度に折り合いをつけた様に着こなしていた。出てきたその髪はまだ濡れていた。
「ありがとう、あぁすっきりした。でもさすが男性用、ぶかぶかだね」
「そりゃ、仕方がないよ。第一造りが違うからさ」
「確かに納得」
「それじゃ僕もシャワー浴びてくるか。今日はいろんな所行ったからベタベタだしね」
そして沙織さんは神妙な趣で
「達哉さん今日はありがとう。急に買い物に付きってくれて素敵なお店でお食事をさせてくれて、そして……好きだと言ってくれて……ありがとう」
「どういたしまして」そして濡れる髪をそっと手で寄せてキスをした。
「もう、達哉さんてもしかしてキス摩?さっきからキスばかりしてない。早くシャワー浴びて来て」
「ハハハ、そうかもしれない。それじゃ行ってくる」浴室のドアを開けシャワーを浴びに入った。
少し温(ぬる)めのお湯を浴びる。そして体を念入りに洗った。念入りに。
浴室から出ると沙織さんはまたぺたんと座ってスマホを眺めていた。
「何見てるの」髪を拭きながら問かけた。
シャワーを浴び終えた僕を見ながら「小説」と答えた。
電子本と言う最近人気の本の体系。今まであった文庫本や漫画なんかをデーター化して読む本。わざわざ本屋に買いに行かなくても、スマホやタブレットなどにダウンロードして読める気軽さが売りになっている。
「冷蔵庫を開け」沙織さんに「飲む?」と訊くと「ハイ」と答えた。2本取り出し1本を彼女に手渡した。
缶を開けビールをのどに流し込む。風呂上がりのビールが一番体に沁みる。
時計を見るともう11時を過ぎていた。
「11時過ぎたね」彼女の門限の時間。彼女も時計を見て頷いた。
お互いに感じる罪悪感。でも、もう既に後には戻れないことも知っている。
ベットに腰かけ、ビールを一口飲んでテーブルに置いた。沙織さんもスマホを終(しま)い自分のビールを一口の飲んだ。そしてゆっくりと僕の所へ来て「ここ、いい」と静かに言った。
「いいよ」彼女が僕の隣に腰かける。
遠慮がちに彼女の手が僕の手を握り「今度は達哉さんの話訊きたい」と小さな声で言った。
「そっかぁ、うんそうだね。僕は……」
僕は中学の頃どんなかを簡単に話した。これと言って中学時代目立つこともなく、大人し目で率先して友達と遊ぼうという子ではなったことを話した。
「なんか私と似てるね」
高校は、殆どこの中学からエスカレータ的に進学する所には行かず、あえて電車で3つ目の駅にある高校に進学した。3年間なんとなくいた同じ顔をまた3年も見続けるのは嫌だった。
それに高校からは自分を変えたかった。
自分を180度変えることは出来ないが、出来るだけクラスの奴らと話をしたり、率先することもないが友達もそれなりに作った。
そしてその頃から小説を書き出した事を話した。
やはり沙織さんからは「どうして小説を書こうと思ったの」書くきっかけを訊かれた。
それは何となく。アニメ好きでオタクとまでは行かないが、アニメの世界に引き込まれるのは好きだった。異世界物のラノベも好きで気に入ったものを読んでいた。
そんな時宿題に飽きた僕は、レンタルしていたアニメを見始めた。
見終わった後「やっぱりいいなぁ」と思いつつその内容を思い出しながら情景をノートに書き綴った。そして障(さわ)りの部分を自分なりにアレンジして書いてみた。
読み返すと自分ながらも良く出来た内容に感心した。
「達哉さんて意外と自分に酔いしれる人だったのね」沙織さんがちゃかした。「そうでもないよ」と言って彼女の乾いた髪をクシャとした。
まぁ、確かにその時は自分に酔いしれていたかもしれない。それから自分の好きな物語をアレンジして創作する事が好きなっていた。 ある日、行きつけの図書館で一冊の本を手にした。それは今まで読んでいたラノベではなく普通の小説だった。
最初は手に取ったがまたもとに戻した。でも気になって次の日その本を借りて読んでみた。今までと違う、そして少し難しい表現を目にしながら。
いろいろ難しい所もあったけど、面白かったと思う。これならなんだか自分でも物語を書けるんじゃないかと思った。ここまでだったらまだ可愛げがあって良かったんだが、無謀にもラノベ出版の大賞に応募しようと考えた。大賞は賞金と書籍化が約束されていた。
それを目指して初めて自分でオリジナルの物語を書いた。そして応募した。
「で、結果はどうでした」
無残というよりも、選考にも残らなかった。期待していただけに落胆も大きかった。興味本位でその大賞作品を読んでみた、そして自分の力のなさがその時初めて身に染みて解った。
まぁ、それからは気長に小説と向き合う様にしていたけどね。
「そっかぁ。何となく書こうとしたんだけど意外と想いはあるんだ」沙織さんはうんうんと頷きながら感心している様だった。
「それでその後小説はどんなふうになったの」
沙織さんはその続きを期待していたが、僕は飛ばして大学に入ったときの事を話し始めた。
沙織さんは、ちょっと不思議そうにしていたが僕はこの後に続く美野里の事を話すと後が続かない様に思えたから。
実は今の大学初めの志望校から変えて入ったんだ。いろいろあってね。
それでこの大学で宮村と出会った。最初はコイツ誰とでも付き合うちょっとへらへらした奴だなぁって、僕にしては苦手なタイプだったかもしれない。
あの新入生の部員獲得祭(1年の新入部員獲得合戦がお祭りの様だったから)の時、各部から宮村は誘いを受けていた。
高校の時はスポーツ万能。しかも、あたかも彼が各部を引っ張るかのように宮村が関わる部はその名を残すようになった。当然のことながら宮村は他の大学からも推薦の誘いが多く来ていた。でも彼はその誘いをすべて断りこの大学の経済学部へ入学した。
そして彼の名声からすれば信じられない事に文芸サークル(文芸部)に所属した。
始めはどうしてかわからなかったが宮村は僕に付きまとう様になった。あの時訊いた宮村の話で何となく解ったのだが。
まあ、サークルでそれなりに受け答えをしたのは僕位だからかもしれない。なにせ、本校部としての部員はみんな口数の少ない一篇やりの奴が多かったから宮村の性格を敬遠していた。
そんな宮村にはかわいい彼女がいる。佐崎 愛奈(さざき まな)宮村とは高校の時からの付き合いだそうだ。そして彼女は今、イラストレーターとして活躍している。
高校を卒業して宮村は大学へそして彼女、愛奈ちゃんは2年生の専門学校へそれぞれの道へ向かったらしい。
誰とでも親しくなる宮村は意外にも真剣に愛奈ちゃん一筋だ。
1年の頃は、頻繁に愛奈ちゃんと連絡を取り合っていた。毎日、時間がある時常に、多い時は1時間おきに連絡を取り合っていた。
僕はこの宮村の行動に何度か異常さを感じ訊いたが「いやー彼女嫉妬深くて、俺信用無いからいつも連絡しないと……」そんな事を言っていた。そんなある日宮村からの電話が僕のスマホを鳴らした。
「亜咲、悪い助けてくれ」切迫した声で宮村は僕に事の次第を話した。彼の声からとても危険な状態であることが感じられた。それは宮村の彼女。佐崎愛奈の事だった。
愛奈ちゃんは、高校の3年の頃から精神が不安定になりやすくなっていた。それまでは彼女も美大を目指し頑張っていた。そして宮村も数校の推薦を受けていて自分の道を決めようとしていたその矢先、突如に愛奈ちゃんの精神は崩壊した。
高校3年の秋、愛奈ちゃんは自殺未遂をした。自分では何も気が付かないうちに自分で命を絶とうとした。すぐに発見された為大事には至らなかったが、すでに彼女の心は病んでいた。
愛奈ちゃんはしばらくの間入院をして治療に専念をせざろうえなかった。目標にしていた美大を諦めて。
退院後も落ち込みの起伏が激しく、たまにふっと姿を消して踏切の前で立ち竦んだり、気が付けば知らないビルの屋上だったり。目を離す事が出来ない状態だった。
そんな愛奈ちゃんの状態を察し、彼女の両親そして彼女自身から彼女と別れるよう宮村は説得された。不安定な愛奈と一緒にいるよりも未来のある宮村の事を思っての事だった。
だが宮村は真っ向から立ち向かった。愛奈ちゃんの両親を目の前にして
「何で愛している人と別れなきゃいけない。別れることで愛奈が元のようになるのか、俺はそうとは思わない。俺は本気で愛奈を愛している。俺たちは2人で一つだ、例え愛奈がどんな姿になろうとも俺は一生愛奈を愛し続ける」
そう言って、全ての推薦を蹴りこの大学に入った。少しでも自由が利く様にと。そして文学青年でもある宮村は文学と経済の融合を模索すると文芸部に入部した。
あの時、宮村から電話を受けて2人で愛奈ちゃんを探した。専門学校の帰りふと姿を晦(くら)ました愛奈ちゃんを。
愛奈ちゃんに付けてあるGPSを頼りに探した。発見したのは房総半島のマリーナだった。そこで静かに海を眺めていた。薬が効いていたのだろう、命を絶とうとはしていなかった。それからこんなことが何度かあった。
宮村が言う「それに俺はこいつにあんまり頭が上がらない。俺はいろんなところで、こいつに助けられているからな」この言葉はこのことを言ったのだろう。
今は、新しい治療方法と新薬のおかげで愛奈ちゃんはすっかり落ち着いている。良く僕とも食事に行ったりいろんな話をしたりもしている。その傍らでいつも宮村が愛奈ちゃんを見ている事を彼女は知っている。そして愛奈ちゃんも宮村の事をいつも見ている事を彼は感じていた。
沙織さんはまた目に涙を溜めていた。
「宮村さんにそんな事があったなんて、あの姿からは想像もできない。本当に宮村さんて凄い人なのね。そして達哉さんも。達哉さんが居たから今まで宮村さんは大学でやって来れたんだわ。そしてこんなに愛されている愛奈さんも幸せね」
「うん、そうだね。宮村は本当に愛奈ちゃんを事大切にしている」
沙織さんは俯きながら小さく頷いた。