酔いが廻って来たのか沙織さんはペタンと座ったまま話し出してきた。
「私ね……」
それは彼女の中学の頃からの話だった。
人見知りで、あんまり同じクラスの子たちと一緒に騒いだりする事がない子で、本を読む事はその辺りからはまりだしたと。やはり彼女も美野里ほどではなかったが好きな作家が何人かいて、新刊が出るといてもたっても居られなくて良く本屋に駆け寄ったようだ。
「お小遣い殆ど本で使っていたなぁ」としみじみ語ってくれた。
それから高校に入りナッキと出会った事。意外にもナッキと親しくなったのは、入学してから半年を過ぎてからだった。
「ナッキって小さい頃からアーチェリーやってて、高校も選抜の特待生だったの。1年の頃はクラスも違ってて私部活やってなかったからナッキとの接点なかったんだけど」
ある日沙織さんは寝坊をして大遅刻で学校に来た事があった。
その日は先生に厳重注意をされ、クラスのみんなからはいいように言われ。その日を境にある女子グループから虐めを受けるようになった。
放課後、校舎裏の人気のない場所に呼ばれ、鞄を奪い取られ外見を傷付けるとばれるからと「そんなに寝坊するくらい男とやってるんだろっ」彼女の制服を剥ぎ取り下着を脱がせて切り刻まれていた。
毎日が嫌で毎日が怖かった事を。
ある日、何時(いつ)もの様にそのグループから虐めを受けていた時
「こらあ、お前らなにやってんだぁって物凄い勢いでナッキが来たの。それであっと言う間にその3人の子たちを倒して」
「お前らこれから沙織に指一本でも触れたら、俺が黙っちゃいないからな。覚えてけ」物凄い大声で叫んだ。
自分の事俺って言ってまるで男の様だった。その声を訊きつけて近くにいた先生や生徒が駆け寄って来てその有様を目にした。それでこの事が表ざまになり、そのグループの3人は処分を食らったらしい。ただ、ナッキ事 美津那那月から入学当時からずっと気にしていたのに、今まで気が付かなかった事を詫びられた。
ずっと気になっていた人がこんなに傷つくまで放って置いた事を涙ながらに詫びたそうだ。それからナッキはいつも沙織さんのそばに居るんだと。挙句の果てに自分の部活アーチェリー部のマネージャーにして片時も目を離さ無かった事を。
そして沙織さんもナッキのあの想いを感じていた。
僕は何時しかメモを取りながら沙織さんの話を訊いていた。それを見て沙織さんは
「ごめんなさい。ここからはあまり残してほしくないな」
「解った」一言、ペンを置いて彼女の話の続きを訊いた。
そこからはナッキも交えての話になった。始めにナッキには話した事内緒にしてほしいことも付け加えて。
「ナッキって自分ではああ言っているけど、物凄く男子に人気があったの。それにナッキの実家って神奈川でしょ、あの高校に通うには遠かったからマンションに一人暮で暮らしてるの」
それはナッキが僕に勝手に話していたから知っていた。それにナッキが高校の時男子からもてていた事も訊いていた。確か3人位の人と付き合ったことがあると。
「それでね、ナッキの所に遊びに行くと、良くナッキが付き合っていた彼がいるの。タイミングが悪いと」沙織さんはちょっと息を呑んで「SEXしていた」顔を俯かせる。
「ナッキはいつも私の事見てくれて守ってくれた。でも当のナッキは彼と一緒にいた。そんなナッキを見ているのがいつの間にか息苦しくなったのね。彼女に内緒で部活の男子と付き合ったの。
私はあの時のナッキが羨ましかった。だから彼が求めてきた時それを受け入れた。
はじめは彼と抱き合う事がとても幸せだった。でもねある時彼からナッキの事を訊かれたの。問い詰めたら彼本当はナッキと付き合いたかったって、そして私がナッキの親友だからもしかしたら親しくなれるかもしれないから付き合ったことを」
その事実を知り、彼と別れた沙織さんの様子をナッキは見逃がさなかった。ナッキは沙織さんを問い詰め罵倒した。そして沙織さんもナッキに対して溜まっていたものを吐き出し罵倒した。二人は大喧嘩をしたらしい。それから二人の間はしばらく疎遠状態だった。
「そんな時、私倒れて入院したの……病……ううん」彼女は話をとぎらかせた。
「物凄い偏頭痛で入院。そうしたら病院にナッキが駆け込んできて、沙織死ぬな沙織って何処でどう訊いてきたのかは解らないけど、あの時みたいに大声で必死になってやってきたの。
後で看護師さんにすごく怒られたけどね。それでね、大泣きしたの病室で私が居ないと同仕様もないって、ナッキも寂しかったのね。もう、彼とも別れただから一緒に居てくれって。なんだかプロポーズされているみたいだった。それに私もナッキに謝りたかった。いつもナッキの事考えてとても苦しかった」
お互いに自分を責て、仲直りする切掛を探していた。もう彼女たちの話を訊けばそれは恋愛そのもの様に感じる。恋愛、それは何も男女だけのことでは無いような、そして人を愛すると言うのは、相手を本当に想いやることじゃないのかと。僕はあの時、美野里を本当に想いやって上げることが出来ていたんだろうか。そんなことを考えさせられる。
「私その時、ナッキをわざと許しやらなかった。本当はこうなったのも私が悪いんだけど」
「どうして」
「あの時私がナッキを許していたら、それは私が悪かった事を自分でも許してしまうから。ナッキは自分が好きでいた人と一緒にいただけなのに、それを妬んだのは私だからそんな自分がどうしよもなく許せなかった。
あんな結果になっちゃったけど、始め私も好きだと思う人と一緒にいてその気持ち感じたの。想える人と一緒にいる事がどんなに安らぐかって、だからナッキに言ってやった。貴方は宝塚の男優にはなれないわって、もし本当にナッキが私の事本当に好きだったら私の事心の底から嫌いになって。
それが出来るのなら私は仲直りしてあげるって」
「あ、あのぉ。それって無茶苦茶じゃないですか」
「そ、無茶苦茶。でね、彼女どうしたと思う」
「うーん。ちょっと想像できないな。お互い許したがっているのに片方は自分が全て悪かったって言ってきてるし、片方は自分のこと許せないけど彼女のことは許してあげたい。でもそれには自分の事を心の底から嫌いになれと言ってるし」
彼女はもったいぶらせながら
「それじゃ達哉さんがもし、ナッキだとしたら達哉さんはどうしていた」
「え、それはちょっと意地悪な質問だな。もし僕がナッキの立場だとしたら……僕は……多分君を心の底から嫌いになる事は……出来ないと思う。でも自分を、自分の中にいる自分を嫌いになろうとするかもしれない。僕にはそれしか出来ない」
沙織さんは俯いて
「達哉さんもナッキも本当に優しいね」涙を流し始めた。
「あれはナッキに向けた言葉じゃない。私に向けた言葉なの。あの時ナッキも今の達哉さんと同じ事を言ったわ」
「…………」
「だから、私は彼女に返した。私も貴方の事、心の底から嫌いになりたいって」
もう沙織さんからの出る涙を止めることが出来なかった。
前にナッキが言っていた「でも、私は正真正銘の女。この体が証明している」この言葉が沙織さんの言った事の答えだったなのかも知れない。
「それでね、ナッキも解ったって頷いてくれた。だから今でも私もナッキも心の底から大嫌いなの」泣きながら微笑んで彼女の事を想う沙織さんの姿があった。
そしてちょっと諦めたように
「はぁ、でもね私はあんまり干渉しないけど。ナッキは性欲の権化(ごんげ)だったて事。なんだか大学に入ってから解ったんだけど、そう言う相手が2,3人居るって、特に生理前になるととてつもなくしたくなるんだって。解らない訳じゃないけど、節度ってあると思いません?
このまま教員になったらナッキの生徒餌食になりかねないでしょ。それにこの前だって私を押し倒して、もう少しで逝きそう……ご、ごめんなさい私変な事まで言って……」
真っ赤になって弁解しまくっていた。
あまり弁解するもんだから「解ったから、解ったから」と宥めるのが大変だった。
僕は冷蔵庫からビールを取って沙織さんに「もう一本飲む」と訊いてみた。しかし時計はもう9時半を廻っていた。
「沙織さん、もう9時半過ぎたけど門限大丈夫」流石に彼女も実家に居るのだから門限はあるだろう。それが厳しいのかどうなのかは解らないが。
沙織さんは自分の腕時計を見て、「あっ」と言ったが
「家(うち)、門限11時なの。今はそんなに厳しくないんだけどお父さんが心配症で……」
「そっかぁ、それじゃ今日は帰らないと駅まで送るよ」
「うん」と沙織さんは頷いたがその体は動こうとしない。
「どうしたの。足でもしびれた」それでも沙織さんは俯いたまま動こうとしない。
そして「達哉さんビールもう一本もらってもいい」小さな声で言った。
僕はそれを訊いて
「そっかぁ、いいよ。それじゃ遅くなる事家に連絡しないと」
彼女にかがんでビールを渡した時、床にビールの缶が転がった。
いきなりだった。彼女が沙織さんが僕に抱きついてきた。
僕は膝を床に付け沙織さんを支えた。
「どうしたの。どこか具合が悪い」
訊くが彼女は首を横に何度も振った。
「どうしたの」不意に沙織さんはまた泣いた。彼女の涙が僕の着るシャツに染みるほど。
「私、わたし、私は……」
何かを僕の肩の上で呟いていた。小さな声で、たまらず出てくる嗚咽に苛まれながら。
そんな彼女をそっと抱きかかえた。僕の腕で、僕の胸の中に。
そのまま時間が過ぎ去っていく。ただ黙って過ぎ去っていく。
彼女の優しく甘い香りが次第に僕を包み込む。それを感じる毎に僕の鼓動も次第に高鳴る。
それと裏腹に彼女のこわばりが少しづつ解き放たれていった。
そっと彼女の体を放し、俯いた彼女の顔を覗き込んだ。涙でぐちゃぐちゃな顔を。嗚咽がまだ止まらない。
顔に手の甲を充て静かに涙を拭う。彼女の頬を伝わる涙を。
沙織さんは僕を見つめている、とても愛おしそうに。
僕もその瞳を見つめ続ける。
そして静かに唇が触れ合った。
目を丸くした、でも次第に目を細め瞼を閉じた。そして彼女の腕が僕の背中を包み込む。
微かに唇を小擦れ合いながら僕らはキスをした。
ゆっくりと離れ沙織さんの華奢な肩に手をやり僕の胸に引き寄せた。さっきよりも強く、今よりも強く彼女を抱きしめた。
もう自分の気持ちを募らせる事は止めよう。出会ってからまだ一ヶ月も経っていないでも、初めての僕の読者、そして僕の小説の理解者。自分の事を描いてもいいと言ってくれた人。
己を曝(さら)け出してくれた。もしかしたら、この想いは僕の勝手な感情かも知れない。でも伝えないと前には進んでいけない。たとえ断られても……一目惚れしてしまったんだから。
そしてそのまま僕は彼女に言った「好きだ」と。
また時間が流れ出す。彼女の体が僕から離れゆっくりと僕の顔を見つめて頷いた。そして小さな声で「やっと言ってくれた」と呟いた。
また彼女は言う少し大きな声で訊こえるように「やっと言ってくれた」と。
その顔は泣き腫らした瞼を隠すような、無邪気なそして柔らかく暖かい表情の顔だった。
もう、10時を過ぎていた。今からでは門限には間に合わない。
「私ね……」
それは彼女の中学の頃からの話だった。
人見知りで、あんまり同じクラスの子たちと一緒に騒いだりする事がない子で、本を読む事はその辺りからはまりだしたと。やはり彼女も美野里ほどではなかったが好きな作家が何人かいて、新刊が出るといてもたっても居られなくて良く本屋に駆け寄ったようだ。
「お小遣い殆ど本で使っていたなぁ」としみじみ語ってくれた。
それから高校に入りナッキと出会った事。意外にもナッキと親しくなったのは、入学してから半年を過ぎてからだった。
「ナッキって小さい頃からアーチェリーやってて、高校も選抜の特待生だったの。1年の頃はクラスも違ってて私部活やってなかったからナッキとの接点なかったんだけど」
ある日沙織さんは寝坊をして大遅刻で学校に来た事があった。
その日は先生に厳重注意をされ、クラスのみんなからはいいように言われ。その日を境にある女子グループから虐めを受けるようになった。
放課後、校舎裏の人気のない場所に呼ばれ、鞄を奪い取られ外見を傷付けるとばれるからと「そんなに寝坊するくらい男とやってるんだろっ」彼女の制服を剥ぎ取り下着を脱がせて切り刻まれていた。
毎日が嫌で毎日が怖かった事を。
ある日、何時(いつ)もの様にそのグループから虐めを受けていた時
「こらあ、お前らなにやってんだぁって物凄い勢いでナッキが来たの。それであっと言う間にその3人の子たちを倒して」
「お前らこれから沙織に指一本でも触れたら、俺が黙っちゃいないからな。覚えてけ」物凄い大声で叫んだ。
自分の事俺って言ってまるで男の様だった。その声を訊きつけて近くにいた先生や生徒が駆け寄って来てその有様を目にした。それでこの事が表ざまになり、そのグループの3人は処分を食らったらしい。ただ、ナッキ事 美津那那月から入学当時からずっと気にしていたのに、今まで気が付かなかった事を詫びられた。
ずっと気になっていた人がこんなに傷つくまで放って置いた事を涙ながらに詫びたそうだ。それからナッキはいつも沙織さんのそばに居るんだと。挙句の果てに自分の部活アーチェリー部のマネージャーにして片時も目を離さ無かった事を。
そして沙織さんもナッキのあの想いを感じていた。
僕は何時しかメモを取りながら沙織さんの話を訊いていた。それを見て沙織さんは
「ごめんなさい。ここからはあまり残してほしくないな」
「解った」一言、ペンを置いて彼女の話の続きを訊いた。
そこからはナッキも交えての話になった。始めにナッキには話した事内緒にしてほしいことも付け加えて。
「ナッキって自分ではああ言っているけど、物凄く男子に人気があったの。それにナッキの実家って神奈川でしょ、あの高校に通うには遠かったからマンションに一人暮で暮らしてるの」
それはナッキが僕に勝手に話していたから知っていた。それにナッキが高校の時男子からもてていた事も訊いていた。確か3人位の人と付き合ったことがあると。
「それでね、ナッキの所に遊びに行くと、良くナッキが付き合っていた彼がいるの。タイミングが悪いと」沙織さんはちょっと息を呑んで「SEXしていた」顔を俯かせる。
「ナッキはいつも私の事見てくれて守ってくれた。でも当のナッキは彼と一緒にいた。そんなナッキを見ているのがいつの間にか息苦しくなったのね。彼女に内緒で部活の男子と付き合ったの。
私はあの時のナッキが羨ましかった。だから彼が求めてきた時それを受け入れた。
はじめは彼と抱き合う事がとても幸せだった。でもねある時彼からナッキの事を訊かれたの。問い詰めたら彼本当はナッキと付き合いたかったって、そして私がナッキの親友だからもしかしたら親しくなれるかもしれないから付き合ったことを」
その事実を知り、彼と別れた沙織さんの様子をナッキは見逃がさなかった。ナッキは沙織さんを問い詰め罵倒した。そして沙織さんもナッキに対して溜まっていたものを吐き出し罵倒した。二人は大喧嘩をしたらしい。それから二人の間はしばらく疎遠状態だった。
「そんな時、私倒れて入院したの……病……ううん」彼女は話をとぎらかせた。
「物凄い偏頭痛で入院。そうしたら病院にナッキが駆け込んできて、沙織死ぬな沙織って何処でどう訊いてきたのかは解らないけど、あの時みたいに大声で必死になってやってきたの。
後で看護師さんにすごく怒られたけどね。それでね、大泣きしたの病室で私が居ないと同仕様もないって、ナッキも寂しかったのね。もう、彼とも別れただから一緒に居てくれって。なんだかプロポーズされているみたいだった。それに私もナッキに謝りたかった。いつもナッキの事考えてとても苦しかった」
お互いに自分を責て、仲直りする切掛を探していた。もう彼女たちの話を訊けばそれは恋愛そのもの様に感じる。恋愛、それは何も男女だけのことでは無いような、そして人を愛すると言うのは、相手を本当に想いやることじゃないのかと。僕はあの時、美野里を本当に想いやって上げることが出来ていたんだろうか。そんなことを考えさせられる。
「私その時、ナッキをわざと許しやらなかった。本当はこうなったのも私が悪いんだけど」
「どうして」
「あの時私がナッキを許していたら、それは私が悪かった事を自分でも許してしまうから。ナッキは自分が好きでいた人と一緒にいただけなのに、それを妬んだのは私だからそんな自分がどうしよもなく許せなかった。
あんな結果になっちゃったけど、始め私も好きだと思う人と一緒にいてその気持ち感じたの。想える人と一緒にいる事がどんなに安らぐかって、だからナッキに言ってやった。貴方は宝塚の男優にはなれないわって、もし本当にナッキが私の事本当に好きだったら私の事心の底から嫌いになって。
それが出来るのなら私は仲直りしてあげるって」
「あ、あのぉ。それって無茶苦茶じゃないですか」
「そ、無茶苦茶。でね、彼女どうしたと思う」
「うーん。ちょっと想像できないな。お互い許したがっているのに片方は自分が全て悪かったって言ってきてるし、片方は自分のこと許せないけど彼女のことは許してあげたい。でもそれには自分の事を心の底から嫌いになれと言ってるし」
彼女はもったいぶらせながら
「それじゃ達哉さんがもし、ナッキだとしたら達哉さんはどうしていた」
「え、それはちょっと意地悪な質問だな。もし僕がナッキの立場だとしたら……僕は……多分君を心の底から嫌いになる事は……出来ないと思う。でも自分を、自分の中にいる自分を嫌いになろうとするかもしれない。僕にはそれしか出来ない」
沙織さんは俯いて
「達哉さんもナッキも本当に優しいね」涙を流し始めた。
「あれはナッキに向けた言葉じゃない。私に向けた言葉なの。あの時ナッキも今の達哉さんと同じ事を言ったわ」
「…………」
「だから、私は彼女に返した。私も貴方の事、心の底から嫌いになりたいって」
もう沙織さんからの出る涙を止めることが出来なかった。
前にナッキが言っていた「でも、私は正真正銘の女。この体が証明している」この言葉が沙織さんの言った事の答えだったなのかも知れない。
「それでね、ナッキも解ったって頷いてくれた。だから今でも私もナッキも心の底から大嫌いなの」泣きながら微笑んで彼女の事を想う沙織さんの姿があった。
そしてちょっと諦めたように
「はぁ、でもね私はあんまり干渉しないけど。ナッキは性欲の権化(ごんげ)だったて事。なんだか大学に入ってから解ったんだけど、そう言う相手が2,3人居るって、特に生理前になるととてつもなくしたくなるんだって。解らない訳じゃないけど、節度ってあると思いません?
このまま教員になったらナッキの生徒餌食になりかねないでしょ。それにこの前だって私を押し倒して、もう少しで逝きそう……ご、ごめんなさい私変な事まで言って……」
真っ赤になって弁解しまくっていた。
あまり弁解するもんだから「解ったから、解ったから」と宥めるのが大変だった。
僕は冷蔵庫からビールを取って沙織さんに「もう一本飲む」と訊いてみた。しかし時計はもう9時半を廻っていた。
「沙織さん、もう9時半過ぎたけど門限大丈夫」流石に彼女も実家に居るのだから門限はあるだろう。それが厳しいのかどうなのかは解らないが。
沙織さんは自分の腕時計を見て、「あっ」と言ったが
「家(うち)、門限11時なの。今はそんなに厳しくないんだけどお父さんが心配症で……」
「そっかぁ、それじゃ今日は帰らないと駅まで送るよ」
「うん」と沙織さんは頷いたがその体は動こうとしない。
「どうしたの。足でもしびれた」それでも沙織さんは俯いたまま動こうとしない。
そして「達哉さんビールもう一本もらってもいい」小さな声で言った。
僕はそれを訊いて
「そっかぁ、いいよ。それじゃ遅くなる事家に連絡しないと」
彼女にかがんでビールを渡した時、床にビールの缶が転がった。
いきなりだった。彼女が沙織さんが僕に抱きついてきた。
僕は膝を床に付け沙織さんを支えた。
「どうしたの。どこか具合が悪い」
訊くが彼女は首を横に何度も振った。
「どうしたの」不意に沙織さんはまた泣いた。彼女の涙が僕の着るシャツに染みるほど。
「私、わたし、私は……」
何かを僕の肩の上で呟いていた。小さな声で、たまらず出てくる嗚咽に苛まれながら。
そんな彼女をそっと抱きかかえた。僕の腕で、僕の胸の中に。
そのまま時間が過ぎ去っていく。ただ黙って過ぎ去っていく。
彼女の優しく甘い香りが次第に僕を包み込む。それを感じる毎に僕の鼓動も次第に高鳴る。
それと裏腹に彼女のこわばりが少しづつ解き放たれていった。
そっと彼女の体を放し、俯いた彼女の顔を覗き込んだ。涙でぐちゃぐちゃな顔を。嗚咽がまだ止まらない。
顔に手の甲を充て静かに涙を拭う。彼女の頬を伝わる涙を。
沙織さんは僕を見つめている、とても愛おしそうに。
僕もその瞳を見つめ続ける。
そして静かに唇が触れ合った。
目を丸くした、でも次第に目を細め瞼を閉じた。そして彼女の腕が僕の背中を包み込む。
微かに唇を小擦れ合いながら僕らはキスをした。
ゆっくりと離れ沙織さんの華奢な肩に手をやり僕の胸に引き寄せた。さっきよりも強く、今よりも強く彼女を抱きしめた。
もう自分の気持ちを募らせる事は止めよう。出会ってからまだ一ヶ月も経っていないでも、初めての僕の読者、そして僕の小説の理解者。自分の事を描いてもいいと言ってくれた人。
己を曝(さら)け出してくれた。もしかしたら、この想いは僕の勝手な感情かも知れない。でも伝えないと前には進んでいけない。たとえ断られても……一目惚れしてしまったんだから。
そしてそのまま僕は彼女に言った「好きだ」と。
また時間が流れ出す。彼女の体が僕から離れゆっくりと僕の顔を見つめて頷いた。そして小さな声で「やっと言ってくれた」と呟いた。
また彼女は言う少し大きな声で訊こえるように「やっと言ってくれた」と。
その顔は泣き腫らした瞼を隠すような、無邪気なそして柔らかく暖かい表情の顔だった。
もう、10時を過ぎていた。今からでは門限には間に合わない。