「貴方は自分の事、思っているほど見えていないと思う。貴方は自分が想っている姿より、ずっと素敵な姿をしているわ。外も内もね」
恵梨佳さんが言っていた言葉だ。
他から見れば僕はそんなに素敵に見えるのか。いや、そんなことはない。そうであれば、恋愛という事にこれほど悩む事は無いと思う。
恵梨佳さんの恋愛講座から5日が過ぎた。未だ沙織さんを主人公にした小説は手付かずだった。
プロットを書こうにもイメージさえ沸いてこない。
沙織さん、恋愛、好き、気になる、僕の読者、本を読むのが好き。などと頭に浮かぶ事を紙に書き綴っても、それを繋げることが出来ない。
学食で話をしても、それは今日や昨日の出来事であったり、学内の事であったり、ほとんど今の沙織さんの事しか話をしていない。それより、ナッキの方がより自分の事を僕に話してくれる。
ナッキから見た沙織さんの想いや、彼女の所属している部活についてなど、彼女は自分の過去の事から物凄くオープンに話してくれる。
一層の事、ナッキを主人公に小説を書いたら筆が進むんじゃないかと思ってしまう。
スマホの電子音が鳴る。
沙織さんからSNSのメッセージが届いた。
「今村沙織***こんばんわ。夜遅くにすみません。急なんですけど、達哉さん明日のご予定は何かありますか」
バイトが終わったこの時間、もう、1時を過ぎていた。こんな時間に彼女からメッセージが来るのは珍しい。
「まだ起きていたんですね。もう1時を過ぎていますよ。明日の予定ですか。明日は10時からの講義が一つだけです。バイトも休みですので時間はありますよ」
沙織さんから明日の予定を訊かれるとは、何があるんだろと思いながらメッセージを送った。
少ししてから折り返し、沙織さんからメッセージが来た。
「今村沙織***なんだか今晩は寝付かれなくて、ずっと本を読んでいました。でも、思い切って達哉さんにメッセージを送りました。
明日お時間あるんですね、良かった。もし、宜しければ明日買い物に付き合って貰えませんか。実はナッキと行く予定だったんですが、急にナッキの方に予定が入ってしまって、ふと、達哉さんが一緒に来てくれれば安心かなって。お願いできますか」
買い物?何を買いに行くんだろう。その時あまり深く考えなかったが、沙織さんと二人になれるチャンスと思った。
「ハイ、大丈夫です。それでは明日、12時に駅の大学西口で会いましょう」
僕が送るとすぐに返信が来た
「12時に駅の大学西口ですね。ありがとうございます。これで安心して休めます。それではおやすみなさい」
ひょんなことから舞い込んだチャンス?僕にとっては沙織さんと初めて二人で出かける初デートになるのかもしれない。
講義が終わり講堂をすっ飛んで出ていく。
10時から始まった講義、今の時間は11時45分。大学の正門から駅の大学西口までは目と鼻の先だ。だがこの大学は正門までの距離が長い。
息を切らし、駅の大学西口に着いたのは,、僕の時計で12時を5分過ぎていた。
失敗した。自分で決めた約束を5分遅刻した。
はぁ、はぁと上がる息が次々と出てくる。
駅の入り口横で膝に手をやり息を整える。
そんな僕を彼女はずっと見ていた。僕は彼女が傍にいることに気が付いていない。
「大丈夫ですか」僕の後ろから訊き覚えのある声がする。おもむろに振り返ると麦わら帽子をかぶり、白のシャツに淡いブルーのスカートを着こなした沙織さんが立っていた。
「さ、沙織さん。もしかしてずっとそこに居ました」
「はい、ここに居ました」
「じゃ、さっきからずっと僕の事」
「はい、見てました」
沙織さんは、にこにこしながら答えた。
「そうなんだ。ごめん遅れて」
ゴトン。沙織さんは自販機で買ったミネラルウオーターを手に取り僕に手渡してくれた。
「まずは、これ飲んで落ち着いてください」
「す、済みません。ありがとうございます」
キャップを開け、ごくごくと喉を鳴らし水を飲む。その姿を興味深そうに沙織さんが見ている。
「やっぱ、男の人って皆、そうやってごくごく飲めるのね。それに、一気に飲むところなんて弟とそっくり」
「ふう、そうなの。あんまり気にしたこと無いからわかんないけど。あ、弟さん居るんだ」
「うん、今高校二年生。今日なんか、学校休みだからって自分の部屋に彼女連れて来て、姉貴、早く買いも行け、行けってうるさいのよ。まったく頭来ちゃう」
「ハハハ、僕にも姉がいるから解るよ、弟さんの気持ち」
「もうぉ、達哉さんも弟の味方してぇ」
「はい、百十円」小銭入れからお金を取り出し、沙織さんに渡そうとした。でも
「あ、いいわよそれ、私のおごり。それより行きましょ」
今日の沙織さんはいつもと雰囲気が違う。なんだか率先して前に行こうとしている。
電車に乗り沙織さんが目指す街についた。
その街は、この大きな都市の中でも多くの若者達が集う街。しかしこの街も時代と共に変わりつつある。
改札を抜け階段を上がり地上に出てすぐに目につく緑色の電車。僕が初めてここに着た時は「何でこんな所に」と不思議に感じていたのを思い出す。それを少し行くとあの有名な犬の石像が僕らを出迎える。
街のざわめきが僕の居る街の、その雰囲気と違う事を感じさせる。
「達哉さん、無理言ってごめんなさい」
彼女は僕と並び歩きながら言う
「いや、大丈夫ですよ。でもこんな僕で良かったの」
「ほ、本当は私、あまり人の多い所苦手なの。いつもはナッキと来てるんだけど、どうしても外せない用事だって。それに注文していたの今日が受け取り日なの、だから行かなくちゃいけないし、どうしても一人で来る勇気がなかったの。だから達哉さんが来てくれて大助かり、ありがとうございます」
麦わら帽子がふっと動き、彼女の顔が僕の顔を少し見上げていた。その彼女の表情がとても可愛い。
「そ、そう、僕でも役に立ったんだ」
照れながら顔が赤くなる。
「うん、そう、大役」彼女もまた顔が熱くなるのを感じている様だった。麦わら帽子ではっきりとは見えなかったが。
それからの間、僕らに会話はなかった。
しばらく2人で街の中を歩いていると、彼女の足が止まった。
そこは雑貨衣料などのテナントが数多く入るビル。その入口に立っていた。
「ここなの」
「うん、ここの中にあるお店」
彼女がビルの中に入るのに釣られる様に僕も入っていった。
何気なく入ったは良いが、そのビルに入るテナントは、主に女性向けの衣料品を扱う店ばかりだった。確かにメンズ向けのテナントもあったが、他から比べると肩身が狭いように感じる。
「あ、ここ、ここ」と沙織さんが指さすその先には、色とりどりの水着を着たマネキンが立ち並び如何にも、女性専用の店である事は一目瞭然だった。 さすがに、そのエリアに立ち入る勇気はない。
「沙織さん、そこのソファで休んでいるから」
何気なく言う僕の言葉に、沙織さんは気が付いた様に。
「あ、そうね。それじゃ私行ってくる」
そういって店の方へ向かった。
僕はソファに腰かけ
「沙織さんの買い物って水着?」そんなことを考えながら沙織さんを待った。
しばらくしてから沙織さんはロゴ入りの袋を手に下げ僕の前に来た。
「ごめんなさい。大分待ったでしょ」
「いやそんなことないよ」
そう言って返したが沙織さんは何かもじもじしていて、何かを言いたそうにしていた。
「どうしたの」
僕のその言葉を待っていたかの様に
「じ、実話ね、さっきお店で映画の招待券貰ったのキャンペーンだって、それでねそれがとっても見たかった映画なの」
彼女の話す素振りはまるで高校生のようだった。
そしてその招待券を僕に見せた。
原作者、その名を見た時あのフレーズが頭に浮かんだ。
「人は生きるために人を愛し、愛は人を生かす為に存在する」
彼女が描いた小説にあった言葉。懐かしさと共にあの時の悲しみも浮かんでくる。
僕は二つ返事で了解した。
「いいよ」って
沙織さんの表情はぱっと明るくなった。
その映画は今、話題沸騰中の小説を映画化したものだった。
累計二十万部を発行する小説。
あの時彼女が僕に読ませ、恋愛小説を書く切掛になった作者。
あの時がなければ今、僕はここにいなかっただろう。
恵梨佳さんが言っていた言葉だ。
他から見れば僕はそんなに素敵に見えるのか。いや、そんなことはない。そうであれば、恋愛という事にこれほど悩む事は無いと思う。
恵梨佳さんの恋愛講座から5日が過ぎた。未だ沙織さんを主人公にした小説は手付かずだった。
プロットを書こうにもイメージさえ沸いてこない。
沙織さん、恋愛、好き、気になる、僕の読者、本を読むのが好き。などと頭に浮かぶ事を紙に書き綴っても、それを繋げることが出来ない。
学食で話をしても、それは今日や昨日の出来事であったり、学内の事であったり、ほとんど今の沙織さんの事しか話をしていない。それより、ナッキの方がより自分の事を僕に話してくれる。
ナッキから見た沙織さんの想いや、彼女の所属している部活についてなど、彼女は自分の過去の事から物凄くオープンに話してくれる。
一層の事、ナッキを主人公に小説を書いたら筆が進むんじゃないかと思ってしまう。
スマホの電子音が鳴る。
沙織さんからSNSのメッセージが届いた。
「今村沙織***こんばんわ。夜遅くにすみません。急なんですけど、達哉さん明日のご予定は何かありますか」
バイトが終わったこの時間、もう、1時を過ぎていた。こんな時間に彼女からメッセージが来るのは珍しい。
「まだ起きていたんですね。もう1時を過ぎていますよ。明日の予定ですか。明日は10時からの講義が一つだけです。バイトも休みですので時間はありますよ」
沙織さんから明日の予定を訊かれるとは、何があるんだろと思いながらメッセージを送った。
少ししてから折り返し、沙織さんからメッセージが来た。
「今村沙織***なんだか今晩は寝付かれなくて、ずっと本を読んでいました。でも、思い切って達哉さんにメッセージを送りました。
明日お時間あるんですね、良かった。もし、宜しければ明日買い物に付き合って貰えませんか。実はナッキと行く予定だったんですが、急にナッキの方に予定が入ってしまって、ふと、達哉さんが一緒に来てくれれば安心かなって。お願いできますか」
買い物?何を買いに行くんだろう。その時あまり深く考えなかったが、沙織さんと二人になれるチャンスと思った。
「ハイ、大丈夫です。それでは明日、12時に駅の大学西口で会いましょう」
僕が送るとすぐに返信が来た
「12時に駅の大学西口ですね。ありがとうございます。これで安心して休めます。それではおやすみなさい」
ひょんなことから舞い込んだチャンス?僕にとっては沙織さんと初めて二人で出かける初デートになるのかもしれない。
講義が終わり講堂をすっ飛んで出ていく。
10時から始まった講義、今の時間は11時45分。大学の正門から駅の大学西口までは目と鼻の先だ。だがこの大学は正門までの距離が長い。
息を切らし、駅の大学西口に着いたのは,、僕の時計で12時を5分過ぎていた。
失敗した。自分で決めた約束を5分遅刻した。
はぁ、はぁと上がる息が次々と出てくる。
駅の入り口横で膝に手をやり息を整える。
そんな僕を彼女はずっと見ていた。僕は彼女が傍にいることに気が付いていない。
「大丈夫ですか」僕の後ろから訊き覚えのある声がする。おもむろに振り返ると麦わら帽子をかぶり、白のシャツに淡いブルーのスカートを着こなした沙織さんが立っていた。
「さ、沙織さん。もしかしてずっとそこに居ました」
「はい、ここに居ました」
「じゃ、さっきからずっと僕の事」
「はい、見てました」
沙織さんは、にこにこしながら答えた。
「そうなんだ。ごめん遅れて」
ゴトン。沙織さんは自販機で買ったミネラルウオーターを手に取り僕に手渡してくれた。
「まずは、これ飲んで落ち着いてください」
「す、済みません。ありがとうございます」
キャップを開け、ごくごくと喉を鳴らし水を飲む。その姿を興味深そうに沙織さんが見ている。
「やっぱ、男の人って皆、そうやってごくごく飲めるのね。それに、一気に飲むところなんて弟とそっくり」
「ふう、そうなの。あんまり気にしたこと無いからわかんないけど。あ、弟さん居るんだ」
「うん、今高校二年生。今日なんか、学校休みだからって自分の部屋に彼女連れて来て、姉貴、早く買いも行け、行けってうるさいのよ。まったく頭来ちゃう」
「ハハハ、僕にも姉がいるから解るよ、弟さんの気持ち」
「もうぉ、達哉さんも弟の味方してぇ」
「はい、百十円」小銭入れからお金を取り出し、沙織さんに渡そうとした。でも
「あ、いいわよそれ、私のおごり。それより行きましょ」
今日の沙織さんはいつもと雰囲気が違う。なんだか率先して前に行こうとしている。
電車に乗り沙織さんが目指す街についた。
その街は、この大きな都市の中でも多くの若者達が集う街。しかしこの街も時代と共に変わりつつある。
改札を抜け階段を上がり地上に出てすぐに目につく緑色の電車。僕が初めてここに着た時は「何でこんな所に」と不思議に感じていたのを思い出す。それを少し行くとあの有名な犬の石像が僕らを出迎える。
街のざわめきが僕の居る街の、その雰囲気と違う事を感じさせる。
「達哉さん、無理言ってごめんなさい」
彼女は僕と並び歩きながら言う
「いや、大丈夫ですよ。でもこんな僕で良かったの」
「ほ、本当は私、あまり人の多い所苦手なの。いつもはナッキと来てるんだけど、どうしても外せない用事だって。それに注文していたの今日が受け取り日なの、だから行かなくちゃいけないし、どうしても一人で来る勇気がなかったの。だから達哉さんが来てくれて大助かり、ありがとうございます」
麦わら帽子がふっと動き、彼女の顔が僕の顔を少し見上げていた。その彼女の表情がとても可愛い。
「そ、そう、僕でも役に立ったんだ」
照れながら顔が赤くなる。
「うん、そう、大役」彼女もまた顔が熱くなるのを感じている様だった。麦わら帽子ではっきりとは見えなかったが。
それからの間、僕らに会話はなかった。
しばらく2人で街の中を歩いていると、彼女の足が止まった。
そこは雑貨衣料などのテナントが数多く入るビル。その入口に立っていた。
「ここなの」
「うん、ここの中にあるお店」
彼女がビルの中に入るのに釣られる様に僕も入っていった。
何気なく入ったは良いが、そのビルに入るテナントは、主に女性向けの衣料品を扱う店ばかりだった。確かにメンズ向けのテナントもあったが、他から比べると肩身が狭いように感じる。
「あ、ここ、ここ」と沙織さんが指さすその先には、色とりどりの水着を着たマネキンが立ち並び如何にも、女性専用の店である事は一目瞭然だった。 さすがに、そのエリアに立ち入る勇気はない。
「沙織さん、そこのソファで休んでいるから」
何気なく言う僕の言葉に、沙織さんは気が付いた様に。
「あ、そうね。それじゃ私行ってくる」
そういって店の方へ向かった。
僕はソファに腰かけ
「沙織さんの買い物って水着?」そんなことを考えながら沙織さんを待った。
しばらくしてから沙織さんはロゴ入りの袋を手に下げ僕の前に来た。
「ごめんなさい。大分待ったでしょ」
「いやそんなことないよ」
そう言って返したが沙織さんは何かもじもじしていて、何かを言いたそうにしていた。
「どうしたの」
僕のその言葉を待っていたかの様に
「じ、実話ね、さっきお店で映画の招待券貰ったのキャンペーンだって、それでねそれがとっても見たかった映画なの」
彼女の話す素振りはまるで高校生のようだった。
そしてその招待券を僕に見せた。
原作者、その名を見た時あのフレーズが頭に浮かんだ。
「人は生きるために人を愛し、愛は人を生かす為に存在する」
彼女が描いた小説にあった言葉。懐かしさと共にあの時の悲しみも浮かんでくる。
僕は二つ返事で了解した。
「いいよ」って
沙織さんの表情はぱっと明るくなった。
その映画は今、話題沸騰中の小説を映画化したものだった。
累計二十万部を発行する小説。
あの時彼女が僕に読ませ、恋愛小説を書く切掛になった作者。
あの時がなければ今、僕はここにいなかっただろう。