僕はあの日。沙織が僕の記憶を失った日から沙織には会ってはいない。それは自分で決めてあった事。
頻繁に、もう家族同然だった沙織の家にも行っていない。
沙織が入院中、お父さんとお母さんに僕がひそかに心の中で決めていたことを話した。それは二人にとってもとても辛く、もう弟の様な佑太にとっても身を裂かれる思いだったと思う。
「達哉君。君はもう僕らにとって家族同然なんだ。いや家族以上の存在なんだよ。沙織の記憶に達哉君の記憶が無くても一緒に暮らす内、また新たに沙織の想いが目覚めるかもしれない。そうなる様皆で努力しよう」とお父さんは涙ながら言ってくれた。
お母さんは「そんな……」と一言言って何も言えないでいた。
「そうだよ、達哉さん。俺は兄貴が出来て、達哉さんが兄貴になってそんで一緒にこの家で姉貴と一緒にいて、泣いて笑って怒って、そんな暮らしが出来るんだと思ってた。俺に言ったじゃんか。
俺の兄貴になるって……今の俺には二人とも、姉貴も達哉さんも、どっちも必要なんだよう」
佑太は怒鳴るように泣き叫びながら僕に訴えた。嬉しかった。佑太の気持ちが……とても嬉しかった。
そんな佑太に僕は
「佑太、ありがとう。佑太の気持ちは十分に受け取ったよ。でも……佑太一つ約束してくれないか」
涙ながらに佑太は
「なんだよう。約束って」
「なぁ佑太、もう沙織の記憶は戻ることが無いと思う。でも何かのきっかけで……運命の悪戯で沙織がまた僕のところに来てくれたなら。僕はそのチャンスを必死に死に物狂いで掴むよ。
もう一度。新たに出来る事なら……そして掴めたとき。佑太、その時は達哉さんじゃなくて「兄貴」と呼んでくれるかな」
「ば、馬鹿か。そんな小数点以下の確立に……そ、そんな奇跡を信じろって……言うのかよ」
「ああ、僕は大馬鹿なんだ。だから奇跡を信じるんだ。佑太」
「馬鹿だよ。ほんと大馬鹿だよ……仕方がないから、どっかに覚えておくよ……兄貴……」
「ありがとう」
僕は沙織の家を後にした。
そして、大学に入学してからずっとバイトしていたカフェもやめた。恵梨佳さんは何も事情は訊かなかったでも