悲しみは自分を戒め、怒りに変わる。その怒りがまた悲しみを呼ぶ。いつしか怒りは悲しみに……また支配されてしまう。


 誰もいない一人っきりの部屋で……泣く。


 次の日、僕は朝から沙織のところに行った。元気に元気に振る舞って

 「おはよう沙織」僕の声で

 「あ、達哉おはよう」と返事をした。

 「よしよし、まだ覚えてくれていたな」そう言って沙織の頭をクシュとしてやった。

 沙織はそれを嬉しくいつもの様に受けた。

 「なによ」とプンとさせながら、いつものように。

 そして僕らはその日特別、何をするでもなく、ただ二人で手を繋いで、ただそれだけ、ただ手を繋いでいるだけの一日を過ごした。

 沙織が

 「ごめんね。今日クリスマスなのよね。こんな所でこんなになっちゃって、ごめんね。それにプレゼントの用意していない。達哉本当にごめんなさい」

 「そんなことないよ。僕は沙織からもうプレゼントもらってるよ」

 沙織はちょっとプンとして

 「ああ、達哉はそう言うと思った。でも私、何か本当にプレゼントしたいんだけど。後で必ず用意するから何かない。達哉」

 僕は素直に

 「それじゃ遠慮なく」

 「沙織をプレゼントしてほしい。沙織の人生すべてを僕にプレゼントしてほしい。共に老いて、この世に別れを告げるまで」



 「結婚してほしい」




 沙織は目を丸くした。唐突に言われた言葉に。自分に向けられた言葉に。沙織は……そして一筋の涙を流し、次第にその涙は止めることが出来ない大粒の涙に変わった。


 「馬鹿よ達哉は。大馬鹿よ。もうじき自分の事忘れてしまう人にプロポーズするなんて……大馬鹿よ。達哉は」
 「言っただろ、僕は大馬鹿だって。だから大馬鹿ついでにもう一つ馬鹿っぷり見せてやったんだよ」


 それを訊いて沙織はぷっと噴いて


 「馬鹿っぷりね。で、どうするのよ、記憶が無くなった後の勝算はあるんですか。大馬鹿さん」

 僕は力を込めて

 「まったくない」と答えた。「ほんと無鉄砲ね」と言って笑った。

 「でも、小さな望みはある」


 「なによ。行ってごらんなさい。その小さな望みとやらを。もしかしたら、それだけ覚えているかも知れないから」

 沙織は覚えてあげよっかと言う感じで言った。



 「僕が描いた小説を君が呼んでくれること」