その後ろで下を俯いている佑太に目をやり

 「佑太もどうしちゃったの」と問いかけた。

 「姉貴」そう言って沙織のところへ駆け寄った。

 少しして、僕の方に目をやり

 「達哉」と言ってくれた。まだ始まってはいなかった。

 そして「ごめんね。大事な授賞式だったのに途中で抜けさせて」と今日の事も覚えていた。

 「大丈夫。授賞式は終わっていたよ」そう言うと

 「そっかぁ」と笑った。

 沙織が落ち着いたのを見て、お父さんとお母さん、そして佑太はいったん家に帰った。

 僕がずっとついているからと。

 窓から見る外は、暗く厚い雲に覆われ次第に雨が強くなっていた。

 夕食が運ばれ、何にもなかったように沙織はそれをペロリと平らげた。

 そして、授賞式でもらった盾を見せ、副賞の賞金を手渡した。

 「すごぉい。こんなに賞金出たんだ」沙織は驚いていた。

 「そうだよ。半分は沙織の分だ」

 「え、そうなの。いいの私なんかもらって」

 「だってそうじゃないか。あの小説は二人で描いた小説なんだから」僕はそう言った。でも沙織は

 「ううん。私はいらない。多分。そんなに……もうすぐ。私、あなたの事忘れてしまう。だから意味なくなるの。だから達哉が全部持ってて。」

 「沙織」

 「それに驚くでしょ。いきなりそんな大金が解らないままあったなんて。私多分それ持って警察にいくわよ」
 「それはまいったな」そう言って笑いあった。


 その日は、そのまま沙織は眠りについた。深い眠りに。


 いったん僕は病院を後にして、沙織の家に電話をした。今、眠ったと。


 僕は、沙織の家には行かず、大学病院と同じ町にあるアパートに帰った。


泣くために……


 その部屋はいつになくがらんとしていて、冷たくそして寂しさが漂っていた。

 背広を脱ぎ、盾を置いて……枕をつかみ……泣いた。またあの時と同じように泣いた。嗚咽を殺し、声を殺し自分のすべてを殺す様に泣いた。強く顔に枕を押し付けて。そして泣いた。

 次々と沙織との思い出が、沙織の香りが思い起こされてきた。

 ここで一緒に、ここで好きだと言って、日の変わったころ僕たちは初めて結ばれた。あの日のころの事、まだ鮮明に覚えている。沙織と出会った事。沙織と初めて出会った時のことを。