私は、クタクタに疲れ果てた体でエレベーターに乗り、
自宅の前までたどり着くと鍵を差し込んだ。
ドアを開けた途端、チーズの香ばしい香りが出迎えてくれる。
(蒼のマンション)
蒼 「ただいま」
茜 「蒼ちゃん、お帰り。お腹すいたでしょ?
今日は海老マカロニグラタンだよ。
それとこれは、カメラマンの東さんから。
蒼ちゃんにってピザ貰ったよ」
蒼 「へーっ」
茜 「青山の”lastscene”ってお店のいち押しで、
お店一番人気のルッコラと生ハムのピザよ」
蒼 「ありがとう。美味しそうね。
カメラマンの東さんって、
前に茜が話してたすごい賞を受賞したっていう有名人よね」
茜 「そうそう。こなす仕事はいつも完璧で、
必ず高い成果を上げる人なのよ。
ルックスもモデル並みにカッコ良くてさ、
蒼ちゃんにお願いした仕事の総責任者でもあるのよ。
みんな、東さんと仕事できることをあこがれてるんだから」
蒼 「ふーん。そんなにすごい人と今回仕事するんだ」
茜 「蒼ちゃんが仕事助けてくれたら、きっと東さんに気に入られるわよ。
それに認められたら大きな仕事貰えて、
今の会社よりいいお給料貰えるかも」
蒼 「そっか。それはすごい」
茜 「しかし、東さんってあんなに素敵なのに、
奥さんも彼女も居ないなんて不思議なのよね」
蒼 「そうなの。いただきまーす。んーっ、美味しい!」
茜 「でしょ」
蒼 「まぁ、気に入られるかどうかはいいんだけど、
明日はどうなってるの。
仕事の内容とか私が用意するものとかはある?」
茜 「そ、そうね。筆記用具だけでいいわよ。
あと服装はちょっとフェミニンな感じのがウケがいいかな。
明日はヤスの車で私達一緒に黄金通信社のオフィスに行って、
そこで渡来編集長と担当者の人達と打ち合わせするの。
もちろん、東さんやうちのスタッフも現地集合で来るし、
打ち合わせでOKが出れば本格的な動きになるわ」
蒼 「そう。黄金通信社で打ち合わせなのね」
頭の片隅で真一さんと一緒に仕事している自分を想像するだけで、
最高にハッピーな気分になる私。
しかし同時に疑問もよぎってきた。
一体私は茜と、そして真一さんとどんな仕事をするんだろう。
蒼 「ん……ねぇ、茜」
茜 「ん?」
蒼 「あのさ。まだよく分からないんだけど、私は何を手伝うの?」
茜 「あ、あのね、撮影があるみたいだからその手伝いなんだけど、
私にも蒼ちゃんのする仕事内容は分からないのよ。
蒼ちゃんは、東さんから指示される仕事をするみたいだから」
蒼 「そう。でもいいわ。
真一さんと一緒に仕事できるなら頑張れそう」
茜 「真一さんって、蒼ちゃんの知り合いの人?」
蒼 「そう。紺野真一さん。
とっても優しくて素敵な人なのよ。
彼からも今回の仕事のことちょっと聞いてね」
茜 「そうなんだ。今回の企画担当者なら、
うちの事務所にきたことあるだろうから一度は会ってるかもね。
それで、蒼ちゃんはその人のこと好きなの?」
蒼 「え!?あぁ……まぁ」
私は茜に真一さんとの出会いから今現在どうなのかを話した。
そして、奏士くんとのことも……
心の奥でずっと奏士くんのことが引っかかってる。
この感情がいったい何なのか、どうしたらいいのかも分からない。
私は茜に話すことで、
解決の糸口を貰えるかもしれないとすがる気持ちもあったのだ。
茜 「んーっ。そんなことがあったんだね」
蒼 「うん」
茜 「蒼ちゃん、それはね、理想と現実の違いっていうやつよ」
蒼 「理想と現実?」
茜 「蒼ちゃんにとって理想が奏士くんとの恋で、現実が紺野さんとの恋。
2つの恋心ってことじゃない」
蒼 「2つの恋。真一さんは素敵で気も会うし、
私のこと気に入ってくれてるから、このままでいいと思ったりね」
茜 「蒼ちゃん、理屈じゃないよ。恋なんてものは。
いくら傍にいて気が合う人でも、
どれだけ蒼ちゃんのハートの割合が占めてるかだし。
その二人がシーソーのように、
蒼ちゃんの心の中で行ったり来たりしてる間は、
どちらかなんて決められないよ」
蒼 「そうなのかな。やっぱり」
茜 「でもいつかシーソーは傾いたままになる。
心の押さえがきかなくなる時がくればね。
その時に蒼ちゃんが飛び込みたい人に行けば?」
蒼 「でも私、奏士くんと最後に会った日に酷い別れ方したの。
彼を傷つけるような酷いことを言い放ったままで、
連絡もしてないし、彼からも連絡はないもの。
あれ以来、奏士くんを偶然見かけることも無くなったし、
私はきっと嫌われてる。
知的で魅力のある人だから、もう彼女もいると思う。
奏士くんとはきっと、このままになっちゃうんだわ」
茜 「でもね、蒼ちゃんが求めてる人が紺野さんなのか、
それとも奏士くんなのかは、これからはっきりするわよ。
まぁ、蒼ちゃんにとって今は辛い時期だと思うけど、
恋に悩んでる蒼ちゃんはとっても綺麗で素敵よ。
彼とずっとこのままじゃないと思うし、
明日から何かが変わるかもしれないよ。
それに奏士くんが赤い糸の相手なら、一度離れてもまた会えるよ。
蒼ちゃん、きっとまた会えるよ!」
蒼 「うん。そうね…きっと会える」
今は、茜のアドバイスを素直に受け止めることにした。
そうすることでこの煮え切らない心を安心させたかったのだ。
巨大迷路に迷い込んだようにさまよう心が、
いつかひとつの恋にたどり着くと信じたい。
そしてきっと私自身がその人の胸に、
素直に飛び込んでいける日がやってくるとも……
(続く)
この物語はフィクションです。