私のシーソーのような恋心。
平凡な毎日に浸りながら、これでいいんだと自分に言い聞かせている。
でも心の片隅では、奏士くんの存在は大きくなっていく一方で、
だからといって彼に連絡を取る勇気もなく、
ただ悶々と考える日々が続いた。
そんな迷走気味な私をよそに、
茜は仕事の準備を着々と進めていた。
(スター・メソッド会議室)
東 「いよいよ明日は渡来編集長と直接対談だ。
衣装と小道具は最終準備出来てる?」
スタッフB「はい。ヤスさんにカツラとメイク、
必要な道具は渡してます」
東 「そうか。ヤス、当日は頼んだぞ」
ヤス 「はい。準備はバッチリ。
いつでも入れますから任しといてください」
東 「そっか、いつも頼もしいよ。
しかし、茜ちゃん。
お姉さんがOKくれて本当に良かったな」
茜 「はい。私もびっくりでしたけど、
すんなり引き受けてくれたんで良かったです」
東 「そうか。この間の話しじゃあ、
説得はかなり難しいって感じだったから僕も驚いたよ。
よく引き受けてくれたなと思っていたんだが、
まさか知り合いに、黄金通信社の社員がいたとはね」
茜 「はい。蒼ちゃんの話しだと、その知り合いがどうやら、
“ツイン・ビクトリア”の担当みたいなので、
すんなり受け入れてくれたようです」
東 「ほぅ、担当か。それも奇遇だね。
それだけ今回の企画に縁があるってことじゃないのかな」
茜 「はい、私もそう思うんですよ。
ただちょっと心配なのは、内容を詳しくは伝えてないから、
当日の蒼ちゃんの拒絶反応が気になるんですけどね……」
ヤス 「でも、もう決まった事なら蒼ちゃんも断れないと思うからさ。
急にドタキャンなんて、蒼ちゃんの性格なら絶対ないだろうから、
心配するなよな、茜」
茜 「うん……そうね。
でもさ、あのドハデで露出度全開のコスプレよ?
蒼ちゃんが何も言わずにあの衣装着て、
素直に撮影やるなんてどうしても思えない。
やっぱり考えたら不安よ」
東 「まあ、そうなったら僕が説得しよう。
仕事の件は、第三者の方が誤解されなくていい場合もあるから」
茜 「はい。その時は東さんにお任せします。宜しくお願いします」
東 「ああ。こんなケースは今までにも体験済みだよ。
任せておいて。
よし!じゃあ、これでそろそろ閉めようか。
これ、この間の会議で決定した企画提案書だから、
黄金通信社の担当者が夕方来たら渡してくれ」
スタッフA「はい。分かりました」
東 「何としてもこの企画を成功させよう。
今回の企画の進行状況で、クライアントがどれだけ来るか分からないが、
今回の写真集だけでなく、これが思った以上に成果を上げれば
“ツイン・ビクトリア”実写ドラマの話しもあるそうだ。
我々スタッフにとってもビックチャンスでもあるから、
気を引き締めてみんな頼むよ」
スタッフ全員「はい!」
東 「じゃあ、今日はこれで。みんなお疲れ」
スタッフ全員「お疲れ様でした!」
東 「茜ちゃんも上手くいけば、
女優デビューのチャンスだから頑張れよ」
茜 「はい!いい作品になるように頑張ります」
この企画会議が終わるといよいよ明日。
私にとって今までに体験したことのない、
最大のピンチに立たされるということ。
私の日常や関わる人達がグルグルと変わっていくような、
目の回るような出来事が待ってるということだ。
そしてその頃、奏士くんはというと……
(美大の教室)
敦美 「奏ちゃん。まだ帰らないの?
今日ファミリアのバイト行く日だよね?」
奏士 「ごめん。今日はカテキョーに行く。
ファミリアのバイトは来週から池袋店の応援頼まれたから、
今度から曜日が変わるんだ」
敦美 「えー!そうだったの。なんで早く言ってくんないの?
すごくショック!」
奏士 「ショックって」
敦美 「これからは奏ちゃんとバイトも一緒に行けないじゃん。
ねぇ。あの、奏ちゃん。
まだ私は、奏ちゃんの彼女的存在になれないかな」
奏士 「……」
敦美 「ずっと待ってるのに、未だにちゃんと返事くれないもの」
奏士 「そのことなら、はっきり好きな女がいるって前に言ったろ」
敦美 「まさか、まだあの絵の女性を待ってるの?
部室にある海の絵の……
私、あの人は超えられると思うんだ。
奏ちゃんを幸せにできる自信、私はあるもん」
奏士 「敦美が彼女を超えるのは無理だよ。
敦美がどんな手を使って張り合っても、彼女にはね」
敦美 「奏ちゃん、酷い!
私が奏ちゃんをこんなに大切に思ってるのに。
こんなに大好きでも無理なの?なんで!?
いつも奏ちゃんの傍にいて、困った時は支えてるのは私なのに」
奏士 「敦美。大好きだからとか、そんな簡単なものじゃないんだ。
僕のパートナーになる人は、
僕が心のオーラの色を読める人だけだって前から言ってる」
敦美 「オーラカラーなんて訳わかんない!
そんなの付き合い断る為の取ってつけた言い訳じゃない。
奏ちゃんはバカだよ。
デートの途中で怒って帰った女、いつまでも思い続けて、
奏ちゃんのこと嫌ってるからそんな酷いことできるんじゃない。
そんな女、奏ちゃんの心弄んでるに決まってるわよ!」
奏士くんの胸にもどかしさと怒りの言葉を叩きつけて、
敦美さんは泣きながら教室を出ていった。
奏士は呆れ返ったように大きな溜息をつく。
するとドアの向こうから子供のように活気ある声が聞こえてきた。
その声の主は奏士くんの同期で親友の讓さんだった。
奏士 「はぁーっ!」
讓 「おーい、奏士ー。モテる男は辛いなぁ」
奏士 「なんだ。立ち聞きとはたち悪い奴だな」
讓 「立ち聞きって人聞き悪い。
ノックしようと思ってもドア空いてるから。
しかし、女泣かして罪な男だね。
お前たちの会話、廊下まで丸聞こえだぞ」
奏士 「まぁ、別に聞かれてもやましい話ししてたわけじゃない」
讓 「お前さ、そろそろ敦美に回答だしてやれよ。
振るならちゃんとさ」
奏士 「僕はちゃんと答え出してるよ。
ずっと好きな女がいる、付き合えないって。
あいつが認めないだけだろ」
讓 「奏士、まだ吹っ切れないの。
蒼さんって女性のこと。
あれ以来連絡ないんだろ?」
奏士 「ああ。でもまた会える気がするんだ。
今はお互い時間が必要なんだ」
讓 「あのさ、水を差すようで悪いけど、
あの時から誤解されたままなんだろ。
また会えたとして、まともに話してくれると思うか?
それに相手は社会人で年上。
付き合ってる男も居るかもしれないだろ」
奏士 「その時はそれでいいんだ。
彼女と会った時、
幸せ色のいいオーラ出しててくれたらそれで……」
讓 「呆れた奴。奏士、お前は霊能者か。
それとも善きサマリア人か?
自分は嫌われても、彼女が幸せだったらそれでいいって、
僕ちゃんにはできないもんね。
本当にとことん変わった奴だよな」
奏士 「褒めてくれてサンキュー」
讓 「バカやろ。褒めてねーよ。
カテキョー行くぞ」
奏士 「ああ。讓、そういうお前もかなり変わってるよな。
Wahoo!オークションで“ツイン・ビクトリア”のフィギュア、
5万で落札してデート代無くなったこと、瑞樹ちゃんにバラすぞ」
讓 「うぁーっ!奏ちゃん、それだけはご勘弁を~」
奏士 「わっ!放せよ。きもい!早く僕の3万返せ!」
ふざけ合う奏士くんと讓くんは、笑いながら薄暗い教室を後にした。