ーside遥香ー

「遥香、おはよう。」

「おはよう。」

尊は、去年の時と同じように誕生日のことに触れてこない。

そう。

今日はいよいよ、25日だから。

「遥香、診察先にするからソファー座って。」

いつもは、抵抗するけど今日はそんな気になれなかった。

「今日は素直だな。」

優しく笑ってくれるけど、やっぱり不安。

「なぁ、遥香?」

「なに?」

「不安だとは思うけど、忘れないでほしいことがあるんだ。」

「忘れないで欲しい事?」

「遥香に、みんなが会いたがっているってこと。それから、遥香には俺がついているってこと。」

1ミリも外さない視線。
真剣な瞳をする尊は、あの時と同じ。
私の心の扉を開けてくれたあの時と。

「昨日、あまり眠れてなかったの。不安だけどお父さんの家族なら大丈夫だよね。」


「大丈夫。遥香の愛した人の家族なんだから。」

「分かった。」

「じゃあ、胸の音聞くから服浮かせて。……うん。ちょっと喘鳴あるんだけど、今辛いだろ?」

そういえば、忘れていたけど昨日喘息の発作が夜中に出た。

でも、そのことを尊には伝えてない。

「遥香?出たんだな。発作。」

「…はい。」

「夜中?」

「…はい。」

「どうして起こしてくれなかったんだ?」

「だって、昨日はそれどころじゃなかったから…。」

「ごめんな、俺も気づいてあげられなかった。明日からさ?一緒に寝るか。そっちの方が安心する。1人で苦しんでると、俺が心配だから。不安だからさ、遥香に何かあったらって思うと。だから、そういうことでいいか?」

「…いいよ。」


「よかった。それから、今日は絶対走ったらダメだからね?まぁ、走ったら全力で追いかけて止めるけどな。」

「走らないって。」

「それじゃあ、発作起きる前に吸入するよ?」

尊は、吸入器を私の口元に持ってきて背中を擦りながら吸わせてくれた。

「よし。よく頑張ったね。それじゃあ、出発できる?」

「うん。」

「行こうか。」

尊の車に乗ってから、車の揺れで眠ってしまった。

それから、車に揺られること30分尊に起こされた。

「遥香、起きて。」

「え?」

「着いたよ。」

「…着いたんだ。」

「うん。ほら、遥香のことみんな待っててくれてるよ。」

玄関の外で、初めて見るお父さんの家族が私達を迎えて出ていてくれた。

私はゆっくり車から降りた。

「遥香、俺もいるから大丈夫。行こう?」

中々、前に進めなかった私に尊が優しく肩を支え、私を少しずつ前へ進ませてくれた。

「遥香ちゃん。ようこそ。」

「ずっと会いたかったのよ。」

いきなり抱きつかれて私は体が強ばってしまった。でも、その温もりがお父さんを思い出す温もりで、思わず涙が流れていた。

「遥香ちゃん。寒かったのに来てくれてありがとう。」

にっこり笑うおばあちゃんは、どこかお父さんとそっくりの笑顔だった。
安心できる笑顔。
懐かしい笑顔。

「尊さんもありがとうございます。遥香ちゃんをここまで連れて来てくれて。」

礼儀正しくて、私だけじゃなくて尊も気にかけてくれるところも周りが見えて、周りのことを考えられるお父さんにそっくりだった。

みんな、お父さんにそっくりでどこか懐かしい。

尊とはまた別の温かさ。

「夏樹、もうそろそろ放してあげな。寒いから風邪ひいちゃうよ。」

「あ、ごめんね。尊さん、遥香ちゃん中へどうぞ。」

「ありがとうございます。」

「遥香、行こうか。」

「うん。」

中へ入るとリビングへと案内してくれた。

「遥香ちゃん、紅茶は飲める?」

「はい。」

「尊さんは、コーヒーでいいかしら。」

「あ、はい。ありがとうございます。」

「敬語じゃなくていいわ。家族なんだから。」

おばあちゃんは、そう言うと私の顔を見てにこにこしている。
私は、恥ずかしくて俯いてしまった。

「恥ずかしがることないだろ?俺は、遥香と一緒になりたいって思ってるから。」

「ちょっ!尊もここで言わなくても…」

「顔真っ赤だよ、遥香ちゃん。」

顔が真っ赤になった私をからかってくる夏樹さん。

「可愛いわね。はい、どうぞ。」

渡された温かい紅茶を1口飲んだ。

「美味しい…」

思わず口にした私に、

「その紅茶は、遥香ちゃんのお父さんも大好きだったんだよ。」

「そうだったんですか。」

「やっぱり親子は似てるわね。」

「そうだな。」

温かくて穏やかな時間。
初めて過ごす、家族の団らん。

それから、色んな事を話していると、

「そろそろ、行こうか。」

「え?」

「お墓参り。」

あの事故のこと、まだ許してないのかな。
お父さん、嫌じゃないのかな。

「遥香?」

「尊…」

「ちょっとおいで。」

尊は、私の手を引き私達が今日泊まる部屋に向かった。

「香純さん(おばあちゃん)ちょっと部屋で準備してきます。」

「はーい。終わったら呼んでね。」

「分かりました。」

「尊?」

「大丈夫だから。」

それから、私と尊はリビングから出て部屋へ入った。

「遥香。」

尊は手首を引き寄せ抱きしめた。

「言っただろ。不安なら俯かないで俺の所に来いって。俯いたら自分の気持ちが分からなくなよ。遥香は、ちゃんとお父さんとお別れしたいんだろ?8年前に言えなかったこととか、今話したいことちゃんと心の中で話してきな。」

「尊…分かった。ちゃんと話すよ。」

「よしよし。」

頭を撫でる尊の手は大きくて温かくて心地がいい。
1番、安心できる温もり。

「遥香が行けるまで、香純さん達は待っててくれるから。」

「…大丈夫。行ける。」

「本当に?遥香の大丈夫はあまり信用できないんだけどなー。」

「…大丈夫じゃない。」

「よし、自分の気持ちに素直になったな。」

それから、尊は何も話すことなくずっと私のことを抱きしめていてくれた。

私は、その間色んなことを考えた。
お父さんの思い出が蘇ってきた。
楽しい思い出や、母親から私を助けてくれたこと。それから、喘息で入院していた時必ずそばにいてくれたこと。仕事が忙しくても、退院できた私と遊んでくれたこと。

話したいことは、まだまだあった。
今でも、尊と出会ってお母さんのことを乗り越えられたこと。

今話さないときっと後悔する。

「尊、私もう平気。行こう?」

「…分かった。マスクは必ずしてね。あと、お線香の煙も発作につながるからお線香あげるなら1本だけだよ?苦しくなったら、すぐ言ってね。」

「分かった。」

「じゃあ、行こうか。」

私はマスクとマフラーをつけて温かい格好で外に出た。

「遥香ちゃん、風邪ひいてるの?」

「え?」

「あ、ごめんね。お母さんとお父さんにはまだ話してなかったの…。やっぱり、この事はどうしても遥香ちゃんの同意を得てから話そうと思って。」

「…いいですよ。」

「本当に?」

「隠し事は、なしですから。」

「分かった。実はね、遥香ちゃん小さい頃から喘息を患っているの。今は尊さんが主治医で遥香ちゃんの病気を治療してるの。」

「そうだったの…。」

「今は大丈夫?苦しくなったりしてない?」

「今は苦しくないです。」

「よかった。」

「遥香ちゃんに喘息があっても、私達は遥香ちゃんの家族であることには何の変わりもないわ。私達もこれからは、支えていくからね。」

「ありがとうございます。」

「家族なんだから、遠慮しなくていいんだからね?」

「夏樹さんも、ありがとうございます。」

「私、嬉しいわ。妹ができたみたいで。ずっと妹欲しかったのよ。」

「本当ですか?」

「えぇ。」

それから、しばらく歩くとお墓に着いた。

お墓を見つけると私は我を忘れてお墓まで走っていた。

「遥香!走ると発作でるぞ!?」

尊は、後ろから私を抱きしめ動きを止められた。

「走ったらダメだって。」

「ごめん。」

「早く話がしたかったんだよな。」

「うん…。」

名前の書かれた石碑を触って実感した。
本当にお父さんはこの中にいるんだ…。

石に掘られた父親の名前。

「冷たい…」

その石碑の前に座り込み手を合わせた。

お父さんの容姿が頭の中をよぎる。

手を合わせながら、お父さんに話したいことをすべて話した。

目を閉じて、頭の中にいる父親と本当に会話をしているような感じがして、不思議な時間。

お父さんは先に天国へと帰っていった。
「これからも、辛い時があったり会いたくなったらいつでも来なさい。」そう言っていた。

傍から見たら、そんなのは思い込みなんだろうけど、私には本当にお父さんにそう言われたみたいだった。

手を合わせた後に、後ろを振り返ると尊が笑顔で両手を広げて待っていてくれた。

私は、その大好きな腕の中に飛び込んだ。

「尊、ちゃんと話せたよ。」

「よかったな。」

「お父さん、私を恨んでなかった。」

「あぁ。こんな可愛い娘を恨むわけないだろ。」

「尊、私…」

「泣いていいよ。涙は我慢するな。」

その一言で、私の涙腺は確実に崩壊した。

「えらかったな、遥香。今日はもうゆっくり休もうな。」

「うん。」

「遥香ちゃん、ありがとうね。」

「こちらこそ。」

「じゃあ、遥香と俺は先に帰ります。冷たい風で喘鳴が聞こえてきてるので。」

「あ、分かりました。家の鍵これです。」

「ありがとう。」

私は、夏樹さんと尊のやり取りを聞く事はなかった。
それほど、今は心に余裕がなかったから。