「入るぞ」

 有無を言わせない、棘のある声とともに長身の男子生徒が圧し掛かるように入ってきた。続けて、殆ど間を置かずに魚のふんのように数人の生徒がなだれ込んでくる。

 ほんの十秒もしないうちに、合計六人もの生徒で埋め尽くされてしまっていた。ただでさえ棚や机で部屋が埋まっているというのに、この状況は窮屈なことこの上ない。

「ある程度の予想はしていたがこれほどとはな。まったく、嘆かわしいにも程がある。本校の部活動として実にあるまじき姿だ。やはり廃部以外ないようだな」

 先頭で入ってきた男子生徒は、部室の中を見回しながら目鼻の位置が変わってしまうんじゃないかというくらい不快げに顔をしかめた。

 入り口扉こそそっけないものの、オカルト研究会の部室は部外者を拒むかのような異空間である。部屋の両側に並べられた金属製の棚にはオカルト雑誌や関連の書籍、それに文化祭の展示にでも使ったのだろうか、UFОらしき模型や暗幕などがところ狭しとひしめき合っている。

 他にも、「呪いの箱」という張り紙と何やら呪文のような札を張られた黒塗りの段ボール箱、「閲覧危険 開けたら憑くぞ!」と書かれた写真アルバム、と、もはや誰にも手出しできないものが埃にまみれ棚の隅に重なりあっている。

 生徒会長の視線は部室を一周した後、七瀬の顔を真っ直ぐに捉えて静止する。

「さて。随分と探させてもらったぞ、秋山君」

 一瞬だけ天井を見上げ、勢いよく髪を揺らしながら振り向く七瀬の表情はまるで夜叉のようだった。

 優馬は半ば仰け反りながら目を逸らした。

 せっかくの美貌がまるで台無し、というよりもむしろ美しいが故の凄味というべきか。三日月型に反り返った三白眼が禍々しい光を放っている。

「あんたたち人のこと付け回して一体何なの? ほっといて欲しいんだけど」

「悪いがそうもいかない。生徒会としては、君のような不埒者を野放しにしておくわけにはいかないのでね」

 七瀬の背中を見る格好の優馬には、当然表情をうかがい知ることはできない。それでも、小さな背中は優馬にとっては壁そのものだった。無言のままに、居合わせた者たちを静かに威圧している。優馬は、扉を睨んでいた理由がこれか、とようやく合点がいった。

「で、誰だ。お前は」

 けれども七瀬の剣幕もどこ吹く風。この場に関心外の人間がいることをどうにも許せないらしい。顎を突き出し、不機嫌に寄せられた眉の下から鋭い眼光を放つその態度はまさに傲岸不遜。刃物のぎらついた切っ先を見せつけるがごとく、あからさまな敵意をむき出しにしている。

 けれども男子生徒の放った言葉は、むしろ優馬が一番言いたかったことだ。そもそもここはオカルト研究会の部室で、入ってきたのはあちら側なのだ。
が、そこは安定のヘタレである。

 思わず叫びたくなるのを何とか抑え、「えっと、オカルト研究会部長の木暮優馬です」と、相変わらず俯いたままぼそぼそと答える。見えていようがいまいが、怖いものは怖い。

「俺は生徒会長の滝上正樹だ。まあ名前くらいは知っているだろうが。この町にいながら滝上の名を知らぬ者などおるまい」

 優馬は相手の顔をうかがいながら、取りあえずうなずいた。本当は生徒会長が誰か、などということに興味などない。顔だってたった今知ったくらいだ。ただ、そうしておかないとまずいような空気が濃厚に漂い始め、湿気の多い部屋をさらに不快にさせている。

「で、お前がこの」

 生徒会長は一旦言葉を切って軽く咳払い。

「秋山君に何の用だ」

 優馬は予想外の質問に目をしばたたいた。一体、何がどうなっているのか。
生徒会長と七瀬とのあいだにはどうやら面識があるらしい。とはいえ哀しいかな、部外者の優馬である。七瀬といい生徒会長といい、こうも一方的に話されては訳が分からない。

「いい。私が説明する」

 頭の中が完全に混乱しきっている優馬の前を遮るように手をかざし、七瀬は力強く言い切った。

 生徒会長の後方にいるのは生徒会役員だろうか、何を言い出すわけでもなくにやついた表情で優馬を見下ろしている。事情は相変わらず分からないまま。それでも全く以て望ましくない状況に巻き込まれつつあるというところまでは、優馬にもよく理解できた。

 が、そんなことより。

 気になることはむしろ他にあった。

 生徒会長は夏服の半袖ではなく中間服の長そでを着ているのだ。ただじっとしているだけでもじわり汗ばんでくるほどなのに。

 現に、優馬自身も半袖でも暑くて仕方なくて下敷きを扇いでいた。今だってべたべたとした不快感が体中にまとわりついている。自分が身をもって得た感覚の分だけ、生徒会長の姿は奇異なものとして優馬の目に映って見えた。

 異質なのはそれだけではない。四角い大きな絆創膏が頬を埋め尽くすように貼られている。反対側の頬にはにきびの一つもなく、端正なはずの顔立ちにすこぶる似合わない。

 ──腕を隠した上で顔の一部を覆い隠さなければいけないようなこと……怪我?

 だとしたら何故怪我なのか。それとも何かの病気だろうか。

「私が勝手にこの部屋で休んでただけよ。だからオカルト研究会と私は何の関係もないわ」

 優馬の思考を遮るように、七瀬の声が朗々と響く。

「ならば即刻この部屋から出ていってもらおうか。君のような人間にちょこまかと動き回られるのは、本校とこの町にとって甚だ迷惑だ」

「随分な言われようね。ま、お望み通り出ていくわよ。優馬、邪魔したわね」

 七瀬は後方にいる優馬に背を向けたまま軽く手を振り、外へ向けて大股に歩き出す。
生徒会長とすれ違う直前、七瀬は生徒会長の前で立ち止まった。生徒会役員たちが色めき立つも七瀬は何も言わず、生徒会長も無言のまま。

 ──よく分からないけど、早く終わってくれよ。

 胃に穴が開くような思いというのはこういうことかなどと優馬が思っていると、七瀬は部室の敷居をまたぎかけたところで足を止め、生徒会長に振り向いた。