閉じたノートパソコンを開こうともしないまま、栞は生徒会長のことを考え続けていた。

 ──滝上会長までの距離がこんなにも遠いなんて。
 
 誰に対しても屈託なく踏み込んでいける栞が、生徒会長にだけは踏み込みきれないでいた。

 生徒会長から一番近いところにいるはずの自分。なのに生徒会の仕事を介することでようやく仮初めの関係を築けていられる。危うさを感じずにはいられなかった。

 おまけに、仮に踏み込んでみたところで同じ分だけ生徒会長が遠ざかってしまうのだ。かといってどこかに行ってしまうわけではなくいつも側にいる。

 ひたすら不毛な平行移動が続くばかりで、少しも距離が縮まらない。あたかも、目には見えない壁で塞がれているようだった。手を伸ばせば届きそうなのに、いざ掴もうとすれば永遠かと思うほどに果てしない。

 優馬が生徒会長に呼び出されたあの時だって、栞は生徒会室のすぐ目の前にいたのだ。

 盗み聞きしたかったのではない。正確には、「入れなかった」のだ。ドアノブを握ろうとした瞬間、部屋の中から異様な何かを感じ取った。訳も分からないままに身体は震え、総毛立っていた。栞の直感が開けてはならぬと告げていた。

 けれども、意を決して部屋に飛び込んだ時には異様な気配はなく、ただいつも通りの生徒会室で生徒会長と優馬が向かい合うだけだった。

 あれは一体何だったのか。

 けれども、いざ核心に触れようとしたところで生徒会長は口を閉ざすばかりで何も答えてはくれない。

 ──私だって滝上会長を支えたいのに。

 常々そう思ってきたし、生徒会長だって分かってくれているはず。なのになぜ、オカルト研究会のこととなると生徒会長はああも頑なに自分を拒むのか。自分と生徒会長との関係をもどかしく思ううちに、栞の想いは自然と七瀬の方へと向けられる。

 ──あの子だったら、きっと何でも言えてしまうんだわ。何もかもを、自分の側に手繰り寄せてしまうのよ。優君のことだってきっと……。
 
 浮かんでくるのは、話に聞いていた七瀬の立ち居振る舞い。七瀬が生徒会長に向けて啖呵を切った時のことは、生徒会役員たちから何度も聞かされたせいであたかも自ら見聞きしたかのように詳細に記憶してしまっている。
 
 ──あの傍若無人さの欠片ほどでもあれば、私だってもっと生徒会長に近づけるのに。

 そんなことをふと考え、けれどもすぐに強く首を振った。

 嫉妬。

 自分が抱いた感情を正しく把握できるくらいには栞は聡い。けれども持ち前の物分かりの良さ、頭のよさが、却って栞を苦しめる。

 ──滝上会長が何と闘っているのかは分からないけど。

 栞は首を振った。

 ──何があっても一人で闘うって決めてるんだ。

 生徒会長が抱える核心に近づきながら、何とかしたいと痛切に願いながら、一方で何も知らない振りをする。そうするしかないということが、生徒会長に「それ以上」を求められないということが、栞にはどうにも辛く悲しかった。

 ふと時計を見ると、生徒会長が出て行ってから三十分ほどの時間が経過していた。が、結局仕事についてはほんの僅かな分も進捗できずじまいだった。