電話に出ても応答がない。間違い電話かと思ったけれど、すぐに切ることも躊躇われて、言葉を続けた。



「もしもし? どちらさまですか?」



 たっぷりの間を置いて、聞き覚えのあるその声が名前を呼ぶ。



「百合子?」

「…………瑞樹?」



 なぜ別れたはずの彼から電話が。どうして、今?

 突然のことに一瞬頭が真っ白になったけれど、さすが女は逞しい。どこかで理性が働いていて、冷静さを失うことはなかった。



「何? 急にどうしたの?」

「ちょっと、飲みに誘おうかなって思って。飲みに行かね?」



 数年ぶりの瑞樹からの連絡は、飲み会の誘いで、拍子抜けした。以前、会ったことのある蒼佑くんを交えて、ということだった。




蒼佑くんが瑞樹の同僚なんて全く知らなかった。

それもそうか。社会人になってから、そんなに経たずに別れてしまったからあまり詳しいことは知らなくても当然か、と妙に納得しながらも、心配性なところはちっとも変わっていなくて、懐かしさを感じていた。



「ずいぶん帰り遅いんだな。お前ひとりで帰ってきたのか。夜道は危ねえって言っただろ、気をつけろよ。なるべく街灯あるとこ通れよ。あと夜はまだ冷えるからな、上着持って歩けよ」



 なんて、ひどく優しい。皮肉なものだ。別れた後で、そんなことを実感してしまうなんて。










 瑞樹から連絡があった数日後、瑞樹と蒼佑くんと会うことになった。



朝から少し憂鬱で、普段はあってないような定時を目指して仕事をしていたのに、この日ばかりは残業を望んでしまう自分がいた。

そんな日に限って、順調に進む仕事。ついには、「今日はもう区切りのいいとこで帰っても大丈夫だぞ」なんて、上司から鶴の一言がかかる。



「いい加減、会社出るか……」



 覚悟を決める、なんて言葉を使うにはあまりにも日常的すぎるけれど、今日ばかりは和気あいあいとした場所には不釣り合いな自分がいた。



 普段なら、15分で着くはずの場所に、30分ほどかかってしまった。



「場所、ここで合ってるっけ」



 スマホを取り出し到着を瑞樹に伝えようと、電話をする。すると、ワンコールで電話に出てくれた。



「下まで迎えにいくからそこで待ってろ」



 手短に用件のみを話して通話は途切れた。