姿がなくなると、壁に寄りかかりへたっと腰を下ろす。
我ながら最低かよ⋯⋯。 別に男の人全員が悪いわけじゃないのに。

てかあの人だって悪くないのに。



男子生徒がいなくなると、廊下はシンと静まり返っていた。 遠くに聞こえる声は、外部活の生徒の声。


目線を移すと散らばった資料。 早く教室に持っていかないと。



ゆっくり腰を上げ、資料の所へ向かう。




「お前そりゃねーんじゃねぇの?」



気配を感じたその瞬間、すぐ背後から低い声が飛んできた。

振り返るとそこには、三限の体育で最後に見た岡崎泰正。




「っ!?」


この人は怖いというよりはすでに気味の悪さを感じていた。
思い切り苦い顔をして、後ずさる。



やば⋯⋯。
この短期間であったが、この人はどこか他の男子生徒とは違った感じがしていた。

すぐに離れないと。
コイツはやばい


私を見下ろす岡崎泰正。 固まる体を無理矢理動かし、逃げるように資料へ一直線。

さっさと拾って逃げよう! そう思い、最後の資料を拾おうとした時



「あっ」



ヒョイと資料が視界から消え、操られたように目で追うと、ドンと現れた岡崎泰正の顔。


この人は顔を直視してくるから、顔を合わせれば目が合う。
そして今度もバチリと目が合ってしまった。



しかも伸ばした腕がまた掴まれて、もう身動きが出来なくなってしまっていた。



「礼は」



岡崎泰正の声がまた私に向けられた。
ーーどうにもこいつは苦手だ。


愛想がいい、人当たりがいい。
そんなの嘘だ。


コイツと会ってしまった時に笑顔だったためしがないのだ。




「ありがとうございますありがとうございます!」



ヤケになった私の声は意外に大きく出て、いつも通り耐えられなくなった結果顔を下に向ける。


お願いだから早く帰してください!



心の中で叫ぶと、私の腕から岡崎泰正の手が離れ自由になる。

そのまま上に上げられた資料を取り返そうとすると、グイッと掴まれた頬。



俯いた私の顔を掴み、無理矢理上に向かせられる。



有り得ない距離まで近付いた顔に、思わず顔が熱くなった。





「礼言う時は前見ろ、常識」



だからムリだって、ムリムリムリムリ!!



「ありがとう、ございます」




素直に自分で顔を上にあげ、小さな声だったがやっと『ありがとう』という言葉が口から出てきてくれた。



さあ、早く、帰らせて!!



お礼を言うと岡崎泰正がニヤリと笑みをこぼす。

しかしその笑顔に優しさは感じられず、感じられたのは嘲笑したような、楽しんでいるような意地の悪い笑みだった。




「男嫌いか」



フッと笑われ、今まで男子に言われたことのない言葉を容赦なく言い放つ岡崎泰正に、


恥ずかしさのあまりカァッと赤面した。




「っ、ありがとうございました!!」




私を面白そうに眺める男子の手からパシッと資料を奪い取ると、今度こそ荷物全部を持ってその場から立ち去った。



もう重ささえ感じることなく、抑えきれないほど赤くなった自分を恨む。




「アイツっ⋯⋯!」




男嫌いとか関係なく、アイツはそれ以上にやばい気がする。




ダメだ。ありゃダメだ。