『ルーティ・イハベル』


花屋の店主。
アオがこの街に来てから初めにお世話になった心優しき女性。享年52歳。

何と早い死だったろうーーー確か、子供がいたはずだ、その子は今日も彼女の帰りを家で待っているかもしれない。死を受け入れられる年齢になった時、その子の世界はきっと絶望に染まるだろう。…その責任はハイドロではなく、私にある。


アオは緑溢れる墓園の片隅で、彼女の墓前に座り込んでいた。手を合わせ、彼女が持つ善意な心が安らかに眠れるように。


「これ、あの女の人の墓か…?」

背後から声をかけてきたのは、一緒に行動を共にすることになった、ギルという19歳の才溢れる青年。その手には一本の花が握られていた。


「…ほんとに国の統治者の息子?花一本て、供養する気あんの」

「ばっかだなアンタ、こーゆーのは気持ちだろ?花束だからって成仏するとは限らないだろ」

「ちょっと、失礼なこと言うのやめなさい。…まあ確かにルーティさん、花屋なのに豪快な花束とか好きじゃなかったんだよなあ。一輪の方がロマンチックでしょ、とかなんとか言ってた気がする」

「へえ…アンタより俺の方がこの人のこと分かってんじゃん」

「…はぁ。いちいち生意気なんだよ、君は」


まあこうやってどうでもいい会話をしてくれるおかげで、無力な自分への失望を大分和らげることはできたのだが。
アオは自分を鼓舞するように両膝を叩いて立ち上がった。進まなくては、この先の困難にはきっと立ち向かっていけない。そんな生半可な気持ちじゃ、歩き続けることなんてできないのだから。


「悲しんでる暇はない、か。ギル…ちょっといいかな、行きたいところがあるんだけど」

「なに?」

「オリガス国最大の質屋」

「?あそこ確か武器とか要らない宝具とか、ガラクタ売られてるとこだよな?」

ガラクタ言うな馬鹿者。
内心悪態を吐いてアオは踵を返し、墓園の坂を下った。後ろから追いかける音を耳で感じながら、目的地へ足を進める。


「ーーー彼処の質屋の主人が持ってるモノに、私は興味があってね」

「持ってるモノ?」

「なんでも、魔女が肌身離さず身につけてたって噂の、大層な『鏡』があるそうで」


まるで他人事のように説明するアオに、ギルはこの女は本当に目的を果たす気があるのかと一瞬疑いたくなった。そして呆れた。それ程までに言葉が軽い。

まあだがそんな魔女の手掛かりも、今の2人にはありがたい情報なのだから疑うよりも先に確かめに行くことの方が最善である。

「…っにしても、そんなでっかい手掛かりあんなら先に言えよな」

「まだ曖昧な情報ですから」

「あの時斬ったハイドロ?だっけ。あいつの後に知ったわけ?」

「そう。ちょっとばかし、街の男に。
いやぁ、あの人ほんと親切だったな…路地裏で魔女について知ってそうな男いてさ」

「(どんな男だよそれ…)」

「気持ち悪い目で触ろうとしてきてちょっくら痛い目に合わせたら、簡単に教えてくれんだもんね」

「………」


この女に逆らうのはもうよそう。
ギルは直感的にそう感じた。

まずアオの言う、"魔女について知ってそうな男"の意味が良く分からないが…そんな噂を持つ質屋は興味深い。皇子としては、国の裏側の部分まで踏み入れるのはある意味社会勉強にもなるかと思い、突っ込まずにアオについていくことにしたのだった。