途中で彼女は寝てしまった。俺はどうにも眠る気になれず、窓際でグラスを傾けていた。
東に広がる闇の帳が赤く染まる頃、俺はくたびれたジャケットを羽織り、静かに部屋をあとに………しようとした。

「もう、行っちゃうの…?」

振り返れば、上体だけを起こした彼女がこちらを見ていた。一糸まとわぬ裸体をシーツで隠し、やや寝ぼけた表情でこちらを見つめている。その顔を前に俺は少し残念な気持ちを抱きながらも、別れを告げた。

「ああ」

「どうして?私じゃ満足できなかった…?」

「そうじゃないさ。ただ、俺と君は住む世界が違う。ずっと一緒にはいられない」

「そっか。ねえ、もう、会えないの?」

「わからない。けど、君が本当に心の底から会いたいと願えば、きっと会えるさ」

別にどこかに旅立つわけじゃない。きっといつも通りに俺はあの店に通うだろう。それはお互いに分かっている事だ。あとは彼女が店に行けばいいだけの話。だけどその簡単な事が気持ち一つで難しくなってしまう。住む世界が違う………それはつまり、そういうことなのだ。俺と彼女はきっと、もう会うことはない。俺がかつて恋をした女性は街の喧騒に呑まれていつの日か俺の前からいなくなるだろう。それこそが俺が「さすらいの恋人」と呼ぶ人達であり、そして、俺が愛し、世の中で輝く事を願った花たちなのだ………