やっぱりもうもうと湯気をたてる湯呑みが滑ってきた。
蒸気だけ吸って茶托に戻す。

「恋愛ってさ、条件も大事だと思うのよ。気持ちがあれば・・・なんて美弥子さんも思わないでしょう?」

「そうだね。少なくともまっとうな人間であることは条件だね」

「でしょ?生きるって、恋愛だけじゃないし。この世が夢の世界で仕事だとか生活だとか一切考えなくていいなら、あいつと付き合ってもいいんだけどね」

あの東京での夜みたいに、ずっと夢の中にいられたらいいのに。
あいつとは、夢だけで会いたい。
そうしたら素直に━━━━━

素直に?

「それって、トモ君が好きってことよね?」

「・・・そうなるの?」

「そうなるね」

「・・・ははは、最悪」

最悪だよ、最悪。
あいつを好きとか、最悪。

あー、なんだろ。
自覚したらドキドキしてきた。

「収入が不安定なことは確かだけど、仕事は真面目だし、生活だってできてるよ。あとの問題は好きになってしまえば気にならないと思うけど」

「あいつと付き合うってことはここに住むってことでしょう?この町は嫌いじゃないけど、仕事を選べないもん。それは困る」

「仕事を選ぶことも大切だけど、生きる場所を選ぶことも大切だと思うよ?」

「生きる場所?」

「そう。ここで生きることより、トモ君と生きることより、もっとやりたい仕事があるならそっちを選びなさい。あるの?」

「・・・・・・今は、まだない」

そもそも人生かけて「生き甲斐です!」みたいな仕事ってハローワークで探すものなのか?
きっかけは偶然でも、出会った仕事の中で全力を尽くすものではないかと思う。

「じゃあ生きたい場所で、生きたい人と暮らして、できる仕事をすることもひとつの方法だと思わない?」

「危ない、危ない!なんか丸め込まれてる気がする!」

「まあ、ゆっくり考えなさいよ。まだここにいてもいいから」