仏間から続くリビングで美弥子さんがお茶の用意をしている。
白髪が元々少ないのか、白髪染めの技術の進歩か、きれいな栗色のショートヘア。
おかげで、よく50代くらいに見られると自慢している。
中身はもっとはじけていて、SNSで知り合った30代の友人と若手ロックバンドのライブを見に行ったりしているらしい。
重低音で心筋梗塞を起こさないか心配である。
自分の娘にさえ「お母さん」と呼ばせなかった人だ。
孫の私が生まれても「おばあちゃん」なんて呼ばせるはずはなくて、私も母と同じように「美弥子さん」と呼んでいる。
美弥子さんはかわいらしいお花の形のコースターに北欧風の(私が勝手にイメージした印象だ)茶器を乗せて、私の前に滑らせる。
中身はごく普通の玄米茶だった。
「かわいい湯呑みだね」
「この前雑貨屋で買ったの。湯呑み6客とポットまで含めて3000円」
「へー、お得!」
「でしょ?で、何があったの?」
知らぬ顔の半兵衛を決め込むつもりで、目の前にあったバームクーヘンに手を伸ばすも、美弥子さんの手によってギリギリ届かない位置まで移動された。
「こういう場合は何も聞かずにそっとしておいて、日々の生活の中で何気ない優しさに触れた私が自分から涙を流しつつ告白するもんじゃないかな」
「何も聞かずに引っ越しまでは済ませたでしょう?居候するんならそれなりの理由を告げるのが筋ってもんだよ」
まあ、筋だね。
自白を強要された私は、ピンクの花模様に口をつけて喉を湿らせた。