本当は胸ぐらを掴んでやりたいところだけど、人目があるから遠慮してコートのお腹あたりをギュッと握ってやった。
「なんでここにいるのよ?」
思った以上に低い声が出た。
よしよし、この怒りはしっかり伝わったはずだ。
「芽実ちゃん、『トモ君』って呼んでくれたんだね」
私の怒りも質問もスルッと通り抜けて、とろけるような笑顔を向けてくる。
「呼んでない」
「呼んだよ」
「記憶にない」
「僕は一生忘れない」
今はそんなことどうでもいい!!
「それよりなんでここにいるのよ!!」
さすがに気まずそうな顔をする。
「理由言うと怒られそうだから言いたくない」
「『怒られる理由』ってだけで怒るには十分なんだよ!というかこれ以上ないくらいすでに怒ってるよ!!」
トモ君は普段軽い口をしぶしぶ開く。
「・・・今朝、伸子さんから『芽実ちゃんが友達の結婚式に行った』『すごくきれいだった』って聞いて。見たいなあ。帰ってきた時見られるかなあって思って」
「それで?」
「菜穂子さんに会った時、『芽実ちゃんは今日お見合いするんだ』って訂正されて動揺しちゃって」
「それで!」
「つい小田切さんの家の前まで行ってうろうろしてたら小田切さんが場所と店の名前を教えてくれて」
美弥子さんっ!!個人情報!!
そういえば小雪と電話で話したのってリビングにいた時だっけ。
聞いてたのかー。
聞いててもいいけどペラペラ話さないでしょう、普通!
「知ってしまったら居ても立ってもいられなくなって、ふらふらと━━━━━」
「ふらふらと3時間もかけて何をしに来たの!?」
彼の目からふっと力が抜ける。
「何もするつもりないよ。本当にただ、ただ来ただけなんだ。こうやって会えて、きれいな芽実ちゃんも見られたから、もう帰るね」
それに対して私は何を言えばいいの?
「待って!行かないで!」なんて言わないよ?
こいつはあともう一歩、押さないんだよね。
「お見合いなんてしないで(正確にはお見合いではないけど)僕と付き合って」とか、ここまで来たなら普通あるでしょう。
私のこと好きって言うくせに、本当にどうしたいんだ?