先日、私は大学卒業以来6年働いた会社を辞めた。
「君に辞められると困るよ、北村さん!」なんて言われることもなく、引継と人事の問題すらあっさり片付いて、退職を申し出た翌月には無事退社となった。
寂しがってくれる友人はいたものの、泣いて引き留めてくれる人はおらず、私の6年間なんてこんなものだったのかと虚しくなった。
いや、私が特別なのではなく、たいていは誰だってそうなんだと思いたい!
ハローワークはまあまあわかりやすいところにはあった。
「美弥子さん、ここ自転車で来られる距離?」
「そうねえ。・・・気持ちがあれば」
「気持ちじゃなくて体力の問題として教えて」
「体力を気持ちでカバーできるなら可能だよ」
「要するに遠いのね」
体力はない。
気力も甚だ心許ない。
あるのはまばゆく輝くきれいなゴールドの運転免許だけ。
「車貸してあげるよ」
「二度と返せないことになるかも」
「大丈夫、大丈夫。自分で田んぼに落ちたりしなければ、人なんてほとんど歩いてないから!」
見通しのいい真っ直ぐな道路。
確かに事故なんて起こりそうにない。
ゆとりのある道路の両脇はほとんど田んぼ。ときどき何かの工場や施設。
「そろそろ収穫だねー」
美弥子さんがそう言うように、田んぼは黄金色に色づいている。
その時ふーっと風が吹いて、おだやかな稲穂を揺らして行った。
車の中では感じることのない風が、稲穂の上を滑っていく。
風が、見える。
どこまでも、どこまでも。
それはもう、言いようもなく美しい光景だった。
「きれい」でも「見事」でもなく、「美しい」。
自分でも気づかなかった心の奥底にまで、風が届いたようにざわざわした。