コンコン。

ドアが叩かれる。

「はーい」

「トモ君、ご飯できた━━━━━痛っ!!」

僕の仕事部屋に入ってきた芽実ちゃんが足の裏を押さえてピョンピョン跳ねている。

「だ、大丈夫!?」

「もうっ!こんなところに本置かないでよ!しかも新作、踏んじゃったじゃない!もっと大事にしなさいよ!」

芽実ちゃんは僕の本を読まない。
それでいいと思っている。
自分の暗部に共感されても、二人で落ちるだけだから。

「ふーん。『オクラの森で満足な舌』っていうんだ。どれどれ━━━━━ごめん、二行で挫折した」

芽実ちゃんは芽実ちゃんでいてくれればいい。



「あー、私の作る餃子はおいしい!ご飯食べ過ぎちゃう」

「芽実ちゃんが作ってくれるものはなんでもおいしいよ」

「・・・・・・おいしいのは、お米だよ」

「ありがとう」


手を伸ばせば芽実ちゃんに届く生活はあまりに幸せで、僕は生きてきてよかったと思えるようになった。

それでも人間の死亡率は100%で、いつかは芽実ちゃんとの別れはくる。
そう思うと、また新たな絶望を感じるのだけど、芽実ちゃんはきっと「へー、暗いねー」と聞き流すのだろう。

僕に絶望を与え続ける彼女は、僕の絶望を食べこぼしのパンくず程度にしか考えていない。

僕はそれに救われているんだ。



「芽実ちゃん」

食べ終えてゴロゴロしている彼女を引き寄せると、急に体をこわばらせた。

「ま、待って!新心臓が!」

「新心臓?」

彼女はたまによくわからないことを言う。

「ねえ芽実ちゃん、僕のこと好き?」

「・・・うん。好き」

何度聞いてもこの答えは変わらない。
キスしても触っても嫌がられない。

信じられなくて「どこが好き?」って聞いたら

「・・・顔」

と、そこは適当に流された。

いいんだ、別に。
顔でもお金でも。

夢のような現実でも、現実のような夢でも。

明日の米と、芽実ちゃんがいれば。

彼女といると、5分なんてまばたき一回分にも満たない。
人生が永遠だったらいいのに、と僕はまた絶望する。



end