夏休み、近所の子たちと公園で遊んでいると、僕と同い年のユウコちゃんが小さな女の子を連れてきた。

赤と白のしましまのワンピースは、この辺りで見慣れない鮮やかな色合いだった。

メミちゃんは物怖じせず人の輪に加わり、衝突を恐れず自己主張して、いつも誰より楽しそうだった。

余程楽しかったらしく帰りたくないとダダをこねるメミちゃんを、妊娠中のお母さんに代わっておんぶして帰った。


「お兄ちゃん、おんぶ!」

それ以来、帰る時は毎回言われるようになった。
どうやら乗り物と認定されたらしい。



彼女のように人生を楽しめる人こそ、この世界の住人なのではないだろうか。

僕とは違う。


背中にあたたかいぬくもりを感じながら、僕はメミちゃんから絶望を教わった。

僕は、どうも世界とうまく関われていないようだ。




仏教では、この世は幻のようなもの、という考え方があるらしい。

それが本当なら、さっさと醒めてほしい。

醒めたあとの現実がこれよりマシという保証はないけれど。



書けるものを書こうと、抱えた絶望に向き合ってみた。

ひたすらひたすら波立たない湖の底に向かって潜っていくような作業だ。
たどりついた底に何があるのか、僕自身も知らない。

楽しくもないその作業を繰り返したことで、僕は〈作家〉と呼ばれるようになった。

いつか背中に抱えた彼女は遠い存在となり、彼女の残した絶望だけが残った。


農作業は嫌いじゃない。
稲を植えれば成長し、生き生きとした緑色になり、命を宿した稲穂となる。
これだけは僕がうまくやれていることだと思うから。



土や水に触れ、風を感じ、また絶望と向き合う。

こんな風に僕は生きて、いつか死んでいくのだろう。

時々枕が濡れる夜もあるけど、それすらどうせこの世は幻なのだからと感じないフリをした。


彼女に再会したのは、そんな時だった。