花ちゃんは今日も頼くんの言いなり


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***


───コンコンッ


「頼〜、入るよ?」



夜。


自分の部屋のベッドの上で寛いでいた俺は、部屋のドアをノックする音に動きを止めた。


すぐに涼の呑気な声が聞こえて、ドアがガチャッと開く。

ノックの意味あんのか?ってくらいノックしてからドアが開くまで早くて、思わず笑ってしまう。


「なんか用?」


部屋に入ってきた涼に顔を向ければ、手にはフリーザーバックやら紙袋やらを抱えている。



「おすそ分けに来たんだけど、どう?」



「俺一人じゃさすがに胃もたれ」なんて、涼がちらつかせたフリーザーバックの中に、ぼんやりクッキーのようなものが見えて


あぁ、なるほど。と全てを察した。


モテる男はこれだから困る。
誰にでもいい顔するからこんなことになるんだろ?自業自得だ。


そう思ってから、もう一度涼の手元へと視線を向ける。


……軽く10個はあるだろう袋の中、そのどれを見ても花のものはない。


俺のも、航のも。
カラーワイヤータイが巻かれた透明の袋だった。


さすがに涼のだけ特別仕様なんてこと、ねぇよな?


「あれ、頼のそれって」

「え?……あぁ」


やべぇ。

『ひっそり、食べて』そう言っていた花を思い出して、少し焦る。


涼にあげる"ついで"だって分かってても、やっぱ花からもらったって思うと食えなくて。

結局、部屋のテーブルの上に上げたままだったクッキーを見て、涼が固まった。



「頼も、誰かからもらったの?」


探るような涼の言葉。
都合のいい時は天然って言葉で済ませるくせに、こういう時は案外鋭いんだな。


せっかく、ひっそり食おうと思ってたけど。


……やーめた。
だって、涼に遠慮してやる筋合いないし。


「花にもらった。涼は?」

「頼も三津谷からもらったんだ!俺も三津谷とクラスの女子から」



"三津谷とクラスの女子"

その言葉に、花だって涼にとっては"クラスの女子"だろ?なんていちいち嫌味を思って。


俺がどんなに望んでも見れない、花がいる教室の風景にさえ嫉妬する。


「へぇ、で?大量にもらいすぎたから俺にももらえって?」

「1人からもらったら、断りづらくて。結局みんなからもらってたら、こんな数になっちゃったよね」


ヘラヘラ笑って俺を見る涼。


俺が花からもらったことを、別に気にもとめてない様子。


こんな涼を見たら、きっと花は少なからずショックを受ける。それがまた悔しくて。


「いらねぇよ。俺、好きでもない女が作ったもんとか食えないし」


それだけ言って、山ほどのクッキーをバッサリ断る。


わざと勘が良ければ気づくようなセリフを吐いて涼を試すけど、涼は「そっか〜」なんて残念そうに呟くだけ。


涼の余裕にイライラしてる自分はガキで。
分かってんのに、止まらない。


「涼は誰にでも良い顔しすぎ!断るとこちゃんと断んねぇと、バレンタインが今から恐怖」

「ははっ、確かに。でも女の子の好意を邪険にするわけにもなぁ。……あ、でも!俺も気になる子からのクッキーは、頼にもあげないつもりだったよ」


───ドクッ


どんなに探しても見当たらない花からのクッキー。涼の言葉。もしかして?って考えながら、嫌な音を立てて軋む心臓。


だけど、


悟られたくない俺は、


「へぇ、学習したじゃん」



相変わらず、強がりばっか。


***


「頑張れ〜!頑張れ〜!し〜ろ〜ぐ〜み〜!」


───ドンッ



「「「頑張れ頑張れ白組!頑張れ頑張れ白組〜!」」」



響き渡る応援団長の声、轟く太鼓の音、続く白組みんなの声。


照りつける太陽に見守られながら、明日に迫った体育祭の予行練習が行われている。


応援合戦だけは絶対負けたくないと意気込む応援団長は、学ランに白いハチマキが良く似合う、イケボだけど顔のパーツがそれぞれに主張しすぎて残念なアンバランス菊池先輩。



「明日の本番、全力で臨もうな!」

「「「押っ忍!!!」」」



菊池先輩のバカでかい声に負けじと、白組みんなで声を出す。団結力なら他のどの組にも負けてない自信があるな。


なんて思ってたら、


「よし!!円陣〜〜!!!」


そんな声が聞こえて、周りの波に乗り遅れないように慌ててキョロキョロと目だけ動かして、肩を組む相手を探す。


って……!!!


「隣よろしく」

「っ、……涼くん」


突然、引き寄せるように肩を組まれて、驚きと共に顔をあげれば、思いのほか至近距離で涼くんの瞳とぶつかった。


先週クッキーをあげてから、実に一週間ぶりに話す涼くんに、私の全てがてんてこ舞い。


頭は鈍って、感情のコントロールが効かず

心臓はやけに速いビートを刻み

手足は緊張で震えて、呼吸が乱れる



これは、恋をしてるってよりも何か重大な病にでもかかってしまったんじゃ……!?


そんな気持ちにすらなってくる。



私より背の高い涼くんが、私の肩を抱くように肩を組むから、私はそっと涼くんの背中に腕を回した。


反対隣が誰なのかさえ確認せずに、ただひたすら涼くんと触れ合っているところが熱に侵されていく感覚。


無理!!早く終わって、円陣!!!
死ぬ……死因、好きな人と肩を組んだことによるドキドキとか笑えない!!



「あ、三津谷」

「え……?」



白組全体が大きな輪になった頃。
涼くんが、ボソッと私の耳に自分の唇を寄せた。


そして、ガヤガヤとうるさい周りには聞こえないくらいの声で


「クッキー、すげぇ美味かった」


そんなこと言うもんだから。



「よーし!!白組〜〜!!絶対勝つぞ〜〜〜!!」


「「「お〜〜〜〜!!!!!」」」

みんなが菊池先輩の後に続いて声を出す中、私はその波に乗り遅れてしまった。

頭の中を涼くんの言葉がリフレイン。


涼くん、あれだけ沢山もらってたし、わざわざ誰からもらったかなんて覚えてないかもって。だからもちろん、感想なんて聞けないと思ってた。


円陣が終わって、離れていく涼くんの腕。
不思議と名残惜しさを感じないのは、……嬉しさを噛み殺すので精一杯すぎるから。


う〜〜!!!
今私、口元絶対ニヤけてる。


菊池先輩から「解散」の指示が出てからも、その場から動けないまま。


涼くんって、本当にスマートに何でもこなす王子様みたい。


天然じゃなかったら良かったのに……なんてたまに言ってる子もいるけど。

もし涼くんが天然じゃなかったら、きっと告白にイエスかノーで答えちゃうと思うんだ。それって、傷付く子も増えることになる。


だから、天然であることすら涼くんの優しさなんじゃないかって思う。


あぁ、もう……私ってば本当にどこまで涼くんが好きなの。


「三津谷、解散かかったよ」

「……あ、うん!ありがとう」


フリーズしたままの私に優しく声をかけて、友達と一緒に教室へと戻っていく涼くん。


その後ろ姿をポーッと頬を染めて見つめる。


あぁ、私、恋してるな。

フワッと揺れる柔らかそうな髪。
笑うとクシャッとなくなってしまう目。

おまけに、体中からマイナスイオンを出してるんじゃないかってくらい、癒し効果抜群で。

優しさで出来てる。
涼くんは間違いなく、優しさで


「花っ!」


───ビクッ


「何?そんな驚いて」



私へと駆け寄る美和子ちゃんに、思わず驚いて肩を震わせれば、怪訝そうに眉間にシワを寄せた美和子ちゃんが「戻るよ」と私の手を引いた。



「ごめん、ちょっとボーッとしてて」

「どうせ、五十嵐に見惚れてたんでしょ」

「ちっ、違わないけど……」


美和子ちゃんってば、また大きな声で。



「そう言えば、花はどーすんの?ハチマキ」

「……え?どうするって」

「交換、しないの?五十嵐と」



「せっかく同じ組なのに」と続けて、私の頭に巻かれたハチマキをツンツンとつつく。


……ハチマキかぁ。


確かに、うちの学校は好きな人とハチマキ交換するのが体育祭の醍醐味みたいなところはある。


なんなら、体育祭で『ハチマキ交換してください』って言うのは告白も同じ。


いくらド天然な鈍感涼くんだって、さすがに気づくと思う。


だから、もしハチマキをねだるとすれば、それはそれは……勇気のいることだ。



「五十嵐のハチマキ。クラスの大半が狙ってるだろうね?」

「うっ……」

「いいの?誰かに先越されても。五十嵐のことだから『いいよ〜』なんて、アッサリ適当な子にあげちゃう可能性だってあるよ」


それは……イヤだけど。



「美和子ちゃんは?航と交換するの?」

「バカ言わないでよ。さすがに白組の私が、紅組のハチマキと交換なんて目立つことしたくない!……あっちから交換して欲しいって言われたら、別だけど」


「ま、ないな」なんて言いながら、美和子ちゃんの視線は空を仰ぐ。



そっか、航は紅組だもんね。
てことは、同じクラスだから頼くんも紅組ってことだ。


私たちとは敵か〜。


好きな人と同じ色のハチマキを巻けるって、当たり前じゃないんだな。



「花はせっかく同じ白組でしょ?絶対、他の誰よりも先に五十嵐のハチマキ!ゲット!してきなさい!」

「……え〜!でも、」

「でもじゃない!!」

明日は体育祭本番なわで……。


つまり、今日の放課後か、明日の朝までに涼くんに声をかけないとハチマキを交換できない。


でもその前に誰かと交換しちゃう可能性だってあるわけで。



「……断られたらどうしよう」

「聞こえないフリしたら」

「え!?無理、一瞬でブロークンハートだよ」

「大丈夫。花の心は衝撃で液体になるけど、冷蔵庫で固めりゃ元に戻るから」

「あ、そうなんだ……良かった、って美和子ちゃん面白がってる!?」



科学で習った物質の三態を思い出す。
こんなところに盛り込んでくるなんて、美和子ちゃんの秀才!!!


でも、覚えてる私もすごいよね。
……まぁ、科学なんて60点以上取れた試しがないんだけど。



「とにかく!五十嵐とハチマキ交換すること。で、これを機にグッッと距離縮めて、周りと差をつけよう!ね?」



ひぇ〜〜〜!!
もしかして美和子ちゃんってら頼くんよりもスパルタ!?


でも、もしハチマキ交換で周りと差がつくなら……頑張りたいな。



「断られたら、笑ってね」

「腹抱えて笑うから安心して」


ニッと笑って私の背中をバシンと叩いた美和子ちゃんに、思わず「い"っ」と声を漏らす。


馬鹿力……!

花ちゃんは今日も頼くんの言いなり

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