花ちゃんは今日も頼くんの言いなり





「単純すぎ」

「へへ……だよねぇ。自分でもそう思う」


頼くんの言葉に素直に頷く私を、頼くんはやっぱり真っ直ぐ見つめてて、

「頼くん……?」そう、声をかけようとした私に頼くんは言った。


「髪は短くイメチェンすべし」

「え……?!」

「涼のタイプに染まるんじゃねぇよ。……髪の長さなんか関係なしに、涼に『俺のタイプは花だ』って言わせるくらいじゃなきゃ、いつまでたってもその他大勢の中の1人だと思うけど」

「……っ」


頼くんは「違う?」なんて子首をかしげて私に問う。

違うか、違くないか……それだけで考えたら、答えなんて出やしない。
だって、やっぱり涼くんのタイプに染まる方が、涼くんの目に止まる可能性って高いじゃん。

決して特別可愛いわけじゃない私が、涼くんの気を引くためには、涼くんの好みに少しでも近づく必要があるって思ってた。


でも、確かに頼くんが言うように

髪が長いだけで涼くんに好きになってもらうことは出来ない。そんなことは私だって良く分かってる。

現に、私は涼くんを好きな大勢の中の1人だ。


だけど、もし私が頼くんが言うように髪を切ったら?そしたら私と涼くんの関係は何か変わるの?


ううん……変わらないよ。


私の髪が短くなったって、涼くんは気にも止めないだろう。気づいてくれたところで「短くしたんだ〜」程度だと思う。



だけど、本当のことを言えば、


どんどん長くなる髪と、変わらない涼くんとの関係に少し嫌気がさしてた頃だったのも事実で、

誰かに「切ったら?」って言ってほしいって思ってる自分も確かにいたし、ここまで頑張って伸ばした髪を簡単に切りたくないって思ってる自分もいる。


これは、いい機会なのかもしれない。
頼くんは私をきっと、良い方向へと導いてくれる人だって信じてる。


だから、


「……切ろうかな、髪」


自分の髪の毛先を指でクルンと遊びながら呟いた私の言葉に、頼くんは大きく目を見開いた。

「……本気?」

なんでそんなに驚くの?頼くんが言ったんじゃんか。『髪は短くイメチェンすべし』って。



「うん、髪の長さにとらわれてたら、涼くんとの恋は叶わない気がしてきた」

「……あ、そ」

「うん!切ろう、切る、切っちゃう私!」

「……いいんじゃね」

意気込みたっぷりな私に、素っ気なく呟いて再び歩き出した頼くんのあとを、私も慌てて追いかける。

「あー!もう、待ってよ頼くん!」


頼くんからの2つ目の司令。
『髪は短くイメチェンすべし』


「ちなみに俺は、ミディアムくらいが好き」

……なんて、頼くんが言うから、家に着いたらミディアムのヘアスタイルでも調べてみようかな。……って、これじゃ頼くん好みになりたいみたいじゃん!


違いますからね。ショートは勇気がいるから、まずはミディアムで様子を見るだけですからね。

って、誰に言ってるんだか。
余計に言い訳みたいに聞こえるよ。あー、もう!なんか私、頼くんにペース乱されまくりだ。


しっかりしろ、花。


とりあえず、今週末にでも美容院予約しようかな。

*****


長いようで短い夏休みが終わった。

8月の下旬。
夏本番を迎えた今、容赦ない太陽さんに照らしつけられながら私はようやく学校に到着した。


学校までの道のり、心なしか頭皮からジリジリ音が聞こえて来たような気さえしたよ。


そして、教室へと向かう道のり。

ミディアムまで切った自分の髪の毛を、昨日の夜からもう鏡で何度確認したか分からない。

夏休み中にバッサリ切ってしまったせいで、新学期早々、イメチェンにも程がある。

肩にギリギリつかないくらいの髪は何も隠してくれはい。今まで隠れていたものがすべてさらけ出されているような気がして何とも言えない恥ずかしさに襲われる。


あぁ、みんなに会うの憂鬱……!
特に、涼くん。

なんて思うだろう?……いや、そもそも髪を切ったこと気づいてもらえるかな?

「はぁ……」

見えてきてしまった教室に、大きなため息を零す。きっと私は新学期を迎えた全国の女の子の中で、今1番憂鬱な自信があるよ。


なんて、変なところで張り合っても仕方ないか。


───ガラッ


いつもは、開きっぱなしの教室の戸が今日はなぜか閉まっていたせいで、私が戸を開けた音にクラスメイトたちが一斉に私を振り返った。


「っ……」


なんで今日に限って戸、閉まってたのよ〜!


あぁ、見てる。みんなが見てる……!
やっぱり変かな?切るんじゃなかったな。

もう、帰りたい!
髪の毛よ早く伸びろ〜〜〜!!!


なんて、心の中で散々叫んだ私に聞こえてきたのは


「ちょ!どうしたの、髪!」


驚いたように大声で叫ぶ美和子ちゃんの声。

学年レク以来、家族旅行に行くという美和子ちゃんとは会っていなかったからそう言えば髪を切ったことも言ってなかったっけ。


「やっぱり……変?」

覚悟を決めて教室へ入りながら尋ねる私の顔は不安で歪む。

未だにクラスメイトが私の多分ヘンテコであろう髪に注目しているし、何なら今すぐ泣けちゃうよ?私、泣いちゃうんだからね!


「「「可愛い〜〜〜!!!」」」

「……え……?」



泣く準備を始めていた私に聞こえた、想像とは全く違う言葉。


「ロングも似合ってたけど、花ちゃんミディアム似合ってる〜!」

「どこの美容院で切ったの?真似したいくらい可愛い!!」

「うんうん!なんか夏っぽくていい感じ〜♪」


気づけば周りをクラスの女子に囲まれて、私は今、現状把握に時間がかかっている。



「ほんと、似合ってるよ!花、可愛い!」


驚いていたはずの美和子ちゃんも、クラスの女子の輪に加わって、私の髪をワシャワシャっと乱暴に撫でるから、もう何が何だか分からない。


え、何……?可愛いの?
ミディアムいい感じなの???本当に!?


「ほ、本当……?」

やっぱり私という生き物は、どこまでも限りなく単純な生き物で


さっきまで、あんなにもこの世の終わりみたいな顔をしていたくせに、クラスの女の子たちから褒めてもらえた今、

「へへへ……良かったぁ」


このとおり、すっかり気分はハッピー!


嬉しいなぁ〜なんて、もうクルンと指先に巻くことも出来なくなってしまった自分の髪を、サラッと撫でれば、愛用中のシャンプーの匂いがほのかに香った。


頼くんに言われて切った後、本当は自分でもミディアムヘアが気に入って、数日間はルンルンで過ごしたんだ。

でも、学校が近づくにつれて、日々不安が大きくなって……。似合ってないかも!とか、変だったらどうしよう!!とか。


それからやっぱり……

チラッと横目で確認すれば、席に座って友達と楽しそうに話す涼くんの姿。


私の髪型には微塵も興味無さそうに、私たちに背中を向けて座るその姿に胸がギュッと切なく軋んだ。

1番、不安だったこと。

それはやっぱり、涼くんは短くなった私の髪をどう思うかな?ってこと。


だけど、そんな不安もバカバカしいくらい、涼くんの視線が私を捉えることはこれっぽっちもなかった。

……なーんだ、取り越し苦労ってまさにこのこと。

なんて、苦笑いを浮かべながらも、なぜかこの瞬間、私の心の中はやけにスッキリした。


***


「あ、」


10分休みの合間に自販機までジュースを買いに来た私は、先客を見て固まった。


「久しぶりだな」

「あ、うん……久しぶり!」


夏休み中、結局あの学年レク以来会ってなかった頼くんがちょうど自販機にお金をいれたところだった。

航がバカすぎて、夏休み中は毎日補習だったから、頼くんが家に遊びに来ることもなかったんだと思う。

少し焼けたかな?変わらずかっこいいな〜なんて、思わず見惚れてしまった。


「まじで切ったんだ、髪」


ジーッと私を見つめる頼くんに、急に恥ずかしくなって両手で髪を触る。

短くなった髪じゃ、顔すらろくに隠せないけれど、今この状況で頼くんをどんな顔で見つめればいいのか分からない。



「……変、かな」

「……いいじゃん。俺的にはドストライクだけど」

「へ!?」


今、頼くんなんて言った???

『俺的にはドストライクだけど』って言った?よね?それって……どういう意味?


「俺、昔から短い方が好きだし」

「……あ、ありがと」

「それに俺のオーダー通りミディアムだし?」

「っ!ち、違うからね?頼くんがミディアムが好きって言ったからミディアムにしたんじゃ」

「フッ、必死すぎ」


あぁ、もう。

からかわれただけって分かってるのに、どうしてこんなに必死に否定しちゃうんだろう。

これじゃ逆に意識してるみたいなのに〜!!
……ほんと、頼くんってば意地悪。



「で?」

「で、って?」

「肝心な涼はなんか言ってた?」


コーラのボタンを押しながら、私に質問を投げかけた頼くんに、「あぁ……」と気の抜けた返事をすれば、


「今のところ反応なしってとこか」


なんて、簡単に見破られてしまった。