花ちゃんは今日も頼くんの言いなり


頼くんの言葉を理解するなんて、難易度高いとかの話じゃない。もっと砕いて優しい言葉にして教えてくれたらそれで済む話なのに…!


『俺の言葉の意味が分かれば、もっと俺からの指示の意味も理解出来て、涼を落とすのに役立つんじゃない?』


フッと緩く笑う電話越しの頼くんに、単純な私はまんまと催眠術にかかってしまう。


「…………そ、そういうもん?」

『花ってさ、本当に涼が好きだよな』



私の質問への返事なんて返ってこなくて、代わりに聞こえる少しだけ掠れた涼くんの声を、さらに聞きづらくするように、風の音が受話器越しにゴーゴーと聞こえる。

……あ、頼くん、もう外にいるんだ。


慌てて玄関のドアを開けて、学校に向かって歩き出した私は、


「……す、好きだよ。ダメなの?」

少しだけ拗ねた口調で頼くんに対抗する。

頼くんってさ、航と同い年で私より年下のくせに、いつも主導権を握ってて、なぜか少し偉そうで。


でも、それを嫌だとかムカつくとか…思わない私ってなんだろう。

……涼くんの弟だから、かな?


『ダメだっつったら、どーすんの?』

「えっ……、」

予想もしてなかった頼くんからの言葉に、私の頭はまた必死に頼くんの言葉の意味を探す。


"ダメだっつったら、どーすんの?"


えっと、何がダメなんだっけ?
……確か本当に涼くんのこと好きだよなって言われて……好きだよ、ダメなの?って私が聞いた。


それに対する頼くんの返事が……コレか。

つまり、私が涼くんを好きなことを、頼くんがダメって言ったらどうするの?って事だよね。


「…………えっと、」

『フッ、なげぇ沈黙』

「だ、って……ダメな理由が分からないよ」


私が涼くんを好きであることを、頼くんがよく思わない理由が、私には何一つ見つからない。



『だから言ったじゃん。考えろって。朝から晩まで俺の言葉を思い出して……考えて悩んで、自分で答え見つけろ』

「……頼くんって、意地悪だよ」

『知ってる』

「ひねくれてるし」

『よく言われる』

「犬系男子の仮面を被った猫系男子だし、詐欺!」

『花はドンクサイ系女子だよな』

「よ、頼くん私のことバカにしてるでしょ!」

『フッ……学校まで気をつけて来いよ。じゃ』

「あ、ちょ!まっ」



───ツーツーツー


哀しい機械音が鳴り響く。


私の返事も聞かずに通話は強制終了させられてしまった。


もう!頼くんってば……。



"ダメだっつったら、どーすんの?"




そんなに本気で考えることじゃないのかもしれない。頼くんの気まぐれで、私をからかってただけかもしれない。


そう思うのに、気づけばずっと。

学校までの道のりは、頼くんの言葉で頭がいっぱいだった。



……やっぱり、どんなに考えたって答えは見つからなかったけど。これからしばらく、頼くんのことで頭を悩ませる日々が続きそうだなって思った頃にはすぐ目の前に校門が見えていた。



*****



「全然来ないじゃん」


もうすぐ肝試しが始まるって言うのに、時計をチラチラと確認しては、まだ来ていない頼くんに不安を覚える。


電話した時はもう外にいるっぽかったのに……。気のせいだったのかな?


「はぁ……」

頼くんとの電話を切った後、急いで学校まで向かった私は、係でもないって言うのになぜか流しそうめんの準備を手伝わされて、

やっと始まった流しそうめんを『流しそうめんの気分じゃないんだよな』なんて言いながらめっちゃ食ってる美和子ちゃんの隣で食した。

その間にも、何度も頼くんのことを探したけれど1度も頼くんの姿は見ていないし、連絡すらない。


「よーし!じゃあ肝試し始めっぞ〜」

緩〜いクラス委員の声で、流しそうめんで膨らんだお腹を抑えながら、みんなが生徒玄関前に集合し始める。


あー、どうしよう。


頼くんに電話してみようかな?と、スマホへと手を伸ばした私に



「あれ?そう言えば、今日涼から来れないって連絡あったけど……、涼って誰とペアだっけ?」


再び緩っと響いたクラス委員の声に、なぜか自分の肩がビクッと震えたのが分かった。


「花ちゃんだったよね?」

「うんうん、涼くんが決めたから私も覚えてる!花ちゃんだよ!」


口々に私の名前を挙げてくれる女子達に、胃に穴が空きそうになりながらも


「あ〜……私、です」


仕方ない、とばかりに小さく手を挙げる。



「そっか、三津谷か。じゃあ、俺とでよかったら一緒に回ろうぜ?2回ればいいだけだし」


クラス委員の指原くん。
ガテン系と言うのがしっくりくる、こんがり焼けた肌に、いかにも鍛えてそうな身体。


基本的に誰にでも優しくて、頼りになって、クラス委員の座にふさわしい……ブサイクだ。(やめなさい)


さて、これは親切心からの提案だって分かっているけれど、私はすぐに答えを出せずにいる。

えーー、どうしよ。


ここで『お願いします』と言ってしまえば、頼くんが来てくれたら私すごい最低だし。


だけど、もしここで『ごめんなさい』と言ってしまえば、頼くんがもし来なかった時、私に悲劇が訪れる。



それもこれも、頼くんが全然来てくれないから悪いんだからね!……なんて、心の中で頼くんを責めつつ、

「で、三津谷どーする?」


ブサイクに答えを迫られ、私の頭はついに思考を停止した。断っても断らなくても、色々としんどい。


「えっと〜……」


なんと答えるべきかと悩みながらも、なんとか言葉を紡ごうと口を開いた瞬間、


───グイッ

突然、後ろから強い力で引き寄せられバランスを崩した私を、


「すいません、コイツ俺と回るんで大丈夫です」



声の主はいとも簡単に抱きとめた。


触れている部分から体温が伝わって、耳元で聞こえる電話口とはまた少し違った声に、私の心臓がドキッと大きく跳ねた。


「頼くん……!」

「花、今あいつと回ろうか迷ってただろ」


───ギクッ


「だって、頼くん遅いんだもん。来ないんじゃないかって不安になって……!」


ムゥと頬を膨らませて頼くんと向き合えば、フッと小さく頼くんが笑った。


「俺が来るのそんなに待ち遠しかったんだ?」

「……ま、待ち遠しいとかじゃなくって!」

なぜか必死に否定してしまった私に「んな必死に言わなくても分かってるよ」と意地悪な顔をした頼くんに、また少しだけムッとする。

「バイトだったんだよ。混んで来て抜けるの意外と手こずった、遅くなってごめん」


そう言いながら、ごく自然に私の頭を撫でる頼くんの手を、不思議と嫌とは思わない。


「バ、バイト……?そんなの聞いてないよ!抜けて良かったの?」


涼くんがバイトだから代わりに頼くんが来てくれるって……。まさか、頼くんもバイトだったなんて。

知ってたら来て欲しいなんて言わなかったのに。


「まー、大丈夫だろ。その代わり、明日もシフト入れられたけど」

「な、なんかごめんね?」


私と肝試しを回るために、わざわざバイトを早く上がってくれたのかと思うと、恐ろしいほどの申し訳なさに襲われる。


「なんで花が謝んの。元はと言えば涼に頼まれたんだし、俺」

「え?」

「行けなくなったから代わりに行けって、涼に言われた。花の連絡先知らないから、代わりに謝っとけってさ」

「そ、そうだったんだ……。でも申し訳ないことに変わりないよ」

「……そんな気にするなら、今度 飯でも食いに来いよ。駅近のファミレスだから」

「え?頼くんがファミレス?……意外」

「そ?」

頼くんは涼しい顔で私を見下ろすけれど、ファミレスで働く頼くんなんて私には全然想像出来ない。


「じゃあ……、三津谷は涼の弟に任せるとして!そろそろ肝試し始めていいか?」


つい話に夢中になってしまった私たちに、

私と頼くんを交互に見ながら指原くんが申し訳なさそうに呟くから、私は慌てて首を縦に振った。



周りからの視線に今更恥ずかしさがこみ上げてくる。


「指原くん、さっきはお気遣いどうもありがとうね!」

「気にすんな、クラス委員の役目だからな」


ニッと歯を見せて笑う指原くんは、とっても爽やかだけれど、やっぱり同じくらいブサイ(強制終了)


それからすぐ、事前に決められていた順番表を元に、1組目が夜の校舎へと出発した。



私と頼くんはどうやら8組目…。絶叫系は大好きだけど、ホラー系は苦手なんだよなぁ。


……とにかく、頼くんに迷惑をかけないことを第1に、早く終わってくれるよう神に祈るしかない!