「いってきまーす!」
今日は芸能マネージャーとして初仕事の日。就職祝いにお母さんが買ってくれたおろしたての黒いスーツを着てドキドキしながら駅に向かう。私の就職先となる芸能事務所は我が家の最寄り駅から3つ目の駅の傍にある。小学校、中学校、高校、大学と全て徒歩通学だった私にとって電車通学(通勤)は密かな憧れだった。だって、なんかカッコイイ。
自宅から10分くらい歩いて行くと最寄り駅に着いた。私は高級感漂う黒い革のバッグからこの前買ったばかりの定期券を取り出し、自動改札機にかざす。ピッという音を立てて開く改札口。私は『カッコイイ!』と心の中で呟く。実はこのピッていうやつ、ずっとやってみたかったんだよね。
駅のホームで電車が来るのを待っていると、線路の先にさっき私が通ってきた道が見えた。見慣れたはずの風景…なんだけど、太陽に照らされてキラキラ輝いているその道はいつもより綺麗に見える。
ガタンゴトン…
『あ、電車…』
…これからどんな毎日が待っているんだろう。大学を卒業したばかりの私にはまだ分からないことだらけだけど。
『精一杯がんばろう』
私は決意を胸に電車に乗り込んだのだった。
「着いた…流れ星芸能事務所…」
私は芸能事務所を前に息を呑んだ。
3階建ての事務所の入口には「流れ星芸能事務所」という大きな文字と可愛らしい星マークが描かれている。
ここが私の職場…。私、今日からほんとに芸能マネージャーとして働くんだ…!
私の緊張はヒートアップ。うるさいくらいに心臓がバクバクしてる。
『もう!こんなんじゃいつまで経っても事務所の中に入れないよっ!』
心の中で自分に喝を入れる。だけど、鳴り止まない心臓と止まらない緊張。
『…そうだ!』
私はスーツの胸ポケットから1枚の雑誌の切り抜きを取り出した。切り抜きに載っているのは1人の美青年。読者モデルをやっている小林 翔太さん、23歳だ。
2年くらい前だっただろうか。大学の友達に勧められて読んだファッション誌で女性のモデルさん達に負けないくらい整った顔立ちをし、笑った時にできるえくぼが可愛い翔太さんを見てからというもの、私はずっと翔太さんのファンだ。
…そして、翔太さんが所属する事務所はここ、流れ星芸能事務所だ。もちろん私は翔太さんがここに所属しているからこの事務所に入ろう!って思って入社したわけじゃない。だけど、心のどこかでは期待してる。「いつか会えたらいいな」って…
…笑顔の翔太さんの切り抜きを見ていたら少し緊張がほぐれてきた。
『よし、行こう』
そう思って事務所の中に足を踏み入れようとしたその時だった。
「わあっ」「きゃあっ」
ドスンという音を立ててぶつかる体と体。その衝撃で私は尻もちをついた。
イタタタタ…
どうやら私は後ろからすごい勢いで走ってきた人とぶつかってしまったみたいだ。
「あの…ボーッと突っ立っててすみませんでした…。大丈夫ですか…?」
私は恐る恐るぶつかった相手のほうを見る。しかし、その人は私の問い掛けには答えず、その場に座り込んだまま。下を向いているので顔も見えない。私は焦った。
『もしかして、どこか痛めちゃったのかな!?』
よく見るとその人はびっくりするほど細かった。腕も足もすぐ折れちゃいそう。私はますます焦る。
『どこか折れちゃった!?どうしよう!?』
私はその人に近付き、顔を覗き込んだ。
「あ…あの…大丈…ぶっ!?!?」
その人の顔を見て私はまた尻もちをつく。
…え!?え!?!?
そして、そんな私を見たその人は私に向かってニヤッと笑ったかと思うとこう言うのだった。
「あーあ。バレちゃった。せっかく下向いてたのにさ」
私は放心状態で返事ができない。
そんなことはお構いなしといったようにその人は地面に落ちていたあるモノを拾うと、私に向かってそれをヒラヒラと揺らした。
…それは私の胸ポケットに大切に入れていた翔太さんの切り抜きだった。
たぶんいつもの私だったら「翔太さんの切り抜き落としちゃってたんだ!ショック!」なんて思ってたはず。でも今は違う。
私はその人が持っている翔太さんの切り抜きとその人の顔を何回も何回も見比べる。
お……おんなじ顔………
「翔太…さん?」
震える声で尋ねる。
「うん、翔太だよ。小林 翔太」
彼は私に向かってニコッと笑ってみせた。…雑誌でいつも見ていた笑顔を。
私は彼の笑顔から目が離せない。まるで魔法にかかったかのように動けなくなってしまった。
芸能事務所の前で見つめ合う二人。はたから見たら異様な光景でしかないだろう。
少しの時間が経つと、私の中に微かに残っていた理性が目を覚ました。
「…あ!!」
「…?」
「私、これから仕事なのでっ!さようならっ!」
そう言って私は立ち上がろうとする。…しかし。
『…え!?立てない…!!』
どうやら私は腰が抜けていたみたいだ。必死に立とうとするけど全くもって動けない。
『どうしよう…っ』
そんな私を見た翔太さんは再び私に向かって笑ってみせた。とっても優しい笑みだった。
でも、私にとって今の状況はどう考えてみても笑える状況じゃない。むしろ泣きたいくらいの状況だ。
『どうしよう…どうしよう…っ』
…そう思っていると。
「俺を頼ってよ」
翔太さんの優しい声がした。
…え?
「俺じゃダメ?」
…は…?
俺じゃダメ?って…翔太さん、何を言ってるの!?
…でも、今の状況は私1人じゃどうしようもない。誰かに頼るしかない状況だ。
私は意を決して翔太さんに言った。
「私、流れ星芸能事務所の新人マネージャー、畑中 梅です。これから初仕事なんです…。助けてください…」
「りょーかい」
翔太さんはそう言ってニコッと笑うと、私をひょいっとお姫様抱っこ。
えええええ!?!?
ぜ、絶対重いよ……っていうか!それよりも!!それよりも!!!
全国の翔太さんファンの皆さん、私なんかがこんなことされちゃって、本当にごめんなさい!!!!!
心の中で叫びまくる私。そんな私の感情が表に出ていたのだろうか。翔太さんは私の顔を見てはクスクスと笑っていた。
翔太さんは私をお姫様抱っこしたまま、パソコンや書類が沢山置いてあるオフィスルームに入った。オフィスルームにいた皆さんは私達を見て騒然とする。
『そりゃそうだよね…』
私は苦笑する。
すると、翔太さんがオフィスルーム全体に響き渡る声で言った。
「この子、畑中 梅ちゃん。ウチの事務所の新人マネージャーなんだけど、さっき入口で俺を見たら腰抜かしちゃって。今はこんな状態だけど、めちゃくちゃいい子だから。みんな仲良くしてあげてね」
翔太さんのその言葉でオフィスルームは和やかな空気に一変。翔太さんってすごい…。私は翔太さんに感心する。そんな私を見た翔太さんは得意げに私に向かって笑いかける。
…なんていうか…翔太さんって調子に乗りやすいんだな…。
「待ってたよ、畑中さん」
どこかから私を呼ぶ声がして、私は翔太さんに抱っこされたままキョロキョロと辺りを見回す。すると、翔太さんが私にこう告げた。
「梅ちゃん、社長がお出ましだよ」
社長!?ちゃんと挨拶しなきゃ!!
私は急いで翔太さんの腕の中から飛び降りる。まだあまり腰に力が入らないので着地する時に少しよろめく私。すると。
「おっと、大丈夫かい?」
さっきの私を呼ぶ声と同じ声の人が私の腕を掴んだ。
社長だ…!!
私は顔を上げて社長に挨拶をする。
「新人マネージャーの畑中 梅と申します。精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いしますっ!」
それを聞いた社長は笑顔でこう答える。
「社長の藤原 秀です。これから畑中さんには色んなことを覚えてもらうけど、期待してるから。よろしくね」
「はい…!!」
よかった!社長、すごくいい人そう!!
私はほっと胸を撫で下ろす。
するとその時、翔太さんが口を開いた。
「社長ー、話があるっていきなり言われて来たのはいいけど、話って何?」
社長は何かを思い出したかのように「そうだった」と呟くと、翔太さんに向かってこう言った。
「翔太の新しいマネージャーが決まったから、翔太に紹介しようと思ってね」
「ふーん。言っとくけど俺、梅ちゃん以外はやだよ?」
私は翔太さんのその言葉に耳を疑った。
…は…!?私以外はやだ!?!?
「俺、梅ちゃんのこと気に入っちゃった。梅ちゃんとだったら楽しく仕事やっていけそうなんだ」
ニコニコしながら社長に言う翔太さん。
この人は一体…何を言ってるの…!?!?
私は驚きすぎて声も出ない。
「でもねぇ…翔太、畑中さんは今日入社したばかりなんだよ?」
社長のその言葉に私はうんうんと頷く。しかし、翔太さんは折れなかった。
「なら梅ちゃんは俺のマネージャーをしながら少しずつ仕事を覚えていけばいいよ。何事も経験が大事でしょ?」
「………」
翔太さんの言葉を聞いて黙り込む社長。
しゃ…社長…?
さらに翔太さんは社長に追い討ちをかけるかのようにこう続けた。
「それに梅ちゃんも俺のこと大好きみたいだし?ほら、これ見てよ。社長」
そう言って翔太さんが取り出したのは私の切り抜き。私はそれを見て一気に顔が赤くなる。
『やだっ、恥ずかしいっ。っていうか返してもらうのすっかり忘れてた…!』
社長は目を丸くして翔太さんに問い掛けた。
「なんだね?それは」
翔太さんは一瞬ニヤッと笑うと、こう答えた。
「梅ちゃんのタカラモノだってさ。ねっ、梅ちゃん」
キラキラした笑顔を私に向ける翔太さん。私は翔太さんのこの笑顔に弱い。否定のしようがない私は翔太さんの問い掛けに渋々頷いた。すると翔太さんはさらに嬉しそうに微笑み、社長にこう言った。
「ね。わかったでしょ?見ての通り俺達相性抜群なんだよ」
『相性抜群って…今日初めて会ったばっかりでしょうが…』
私は心の中でツッコミを入れる。
すると、社長は大きなため息をついたあと、「仕方がない」というように重い口を開いた。
「…わかった。翔太がそこまで言うのなら、今日から翔太のマネージャーは畑中さんに決定だ」
…え
……え
「ええっ!?!?」
思わず大声をあげる私。
そんな私を見て、社長は申し訳なさそうに言った。
「翔太の我が儘に付き合わせてしまってすまない。翔太のこと、よろしく頼むよ」
「は、はい…」
「はい」とは言ったものの、私の頭はほぼ真っ白。だって、考えたこともなかった。私が翔太さんのマネージャーになるなんて。ついさっきまで『いつか会えたらいいな』なんて思っていた人なのに。
私なんかに翔太さんのマネージャーなんて務まるのかな…。私は小さくため息をついた。
今日は芸能マネージャーとして初仕事の日。就職祝いにお母さんが買ってくれたおろしたての黒いスーツを着てドキドキしながら駅に向かう。私の就職先となる芸能事務所は我が家の最寄り駅から3つ目の駅の傍にある。小学校、中学校、高校、大学と全て徒歩通学だった私にとって電車通学(通勤)は密かな憧れだった。だって、なんかカッコイイ。
自宅から10分くらい歩いて行くと最寄り駅に着いた。私は高級感漂う黒い革のバッグからこの前買ったばかりの定期券を取り出し、自動改札機にかざす。ピッという音を立てて開く改札口。私は『カッコイイ!』と心の中で呟く。実はこのピッていうやつ、ずっとやってみたかったんだよね。
駅のホームで電車が来るのを待っていると、線路の先にさっき私が通ってきた道が見えた。見慣れたはずの風景…なんだけど、太陽に照らされてキラキラ輝いているその道はいつもより綺麗に見える。
ガタンゴトン…
『あ、電車…』
…これからどんな毎日が待っているんだろう。大学を卒業したばかりの私にはまだ分からないことだらけだけど。
『精一杯がんばろう』
私は決意を胸に電車に乗り込んだのだった。
「着いた…流れ星芸能事務所…」
私は芸能事務所を前に息を呑んだ。
3階建ての事務所の入口には「流れ星芸能事務所」という大きな文字と可愛らしい星マークが描かれている。
ここが私の職場…。私、今日からほんとに芸能マネージャーとして働くんだ…!
私の緊張はヒートアップ。うるさいくらいに心臓がバクバクしてる。
『もう!こんなんじゃいつまで経っても事務所の中に入れないよっ!』
心の中で自分に喝を入れる。だけど、鳴り止まない心臓と止まらない緊張。
『…そうだ!』
私はスーツの胸ポケットから1枚の雑誌の切り抜きを取り出した。切り抜きに載っているのは1人の美青年。読者モデルをやっている小林 翔太さん、23歳だ。
2年くらい前だっただろうか。大学の友達に勧められて読んだファッション誌で女性のモデルさん達に負けないくらい整った顔立ちをし、笑った時にできるえくぼが可愛い翔太さんを見てからというもの、私はずっと翔太さんのファンだ。
…そして、翔太さんが所属する事務所はここ、流れ星芸能事務所だ。もちろん私は翔太さんがここに所属しているからこの事務所に入ろう!って思って入社したわけじゃない。だけど、心のどこかでは期待してる。「いつか会えたらいいな」って…
…笑顔の翔太さんの切り抜きを見ていたら少し緊張がほぐれてきた。
『よし、行こう』
そう思って事務所の中に足を踏み入れようとしたその時だった。
「わあっ」「きゃあっ」
ドスンという音を立ててぶつかる体と体。その衝撃で私は尻もちをついた。
イタタタタ…
どうやら私は後ろからすごい勢いで走ってきた人とぶつかってしまったみたいだ。
「あの…ボーッと突っ立っててすみませんでした…。大丈夫ですか…?」
私は恐る恐るぶつかった相手のほうを見る。しかし、その人は私の問い掛けには答えず、その場に座り込んだまま。下を向いているので顔も見えない。私は焦った。
『もしかして、どこか痛めちゃったのかな!?』
よく見るとその人はびっくりするほど細かった。腕も足もすぐ折れちゃいそう。私はますます焦る。
『どこか折れちゃった!?どうしよう!?』
私はその人に近付き、顔を覗き込んだ。
「あ…あの…大丈…ぶっ!?!?」
その人の顔を見て私はまた尻もちをつく。
…え!?え!?!?
そして、そんな私を見たその人は私に向かってニヤッと笑ったかと思うとこう言うのだった。
「あーあ。バレちゃった。せっかく下向いてたのにさ」
私は放心状態で返事ができない。
そんなことはお構いなしといったようにその人は地面に落ちていたあるモノを拾うと、私に向かってそれをヒラヒラと揺らした。
…それは私の胸ポケットに大切に入れていた翔太さんの切り抜きだった。
たぶんいつもの私だったら「翔太さんの切り抜き落としちゃってたんだ!ショック!」なんて思ってたはず。でも今は違う。
私はその人が持っている翔太さんの切り抜きとその人の顔を何回も何回も見比べる。
お……おんなじ顔………
「翔太…さん?」
震える声で尋ねる。
「うん、翔太だよ。小林 翔太」
彼は私に向かってニコッと笑ってみせた。…雑誌でいつも見ていた笑顔を。
私は彼の笑顔から目が離せない。まるで魔法にかかったかのように動けなくなってしまった。
芸能事務所の前で見つめ合う二人。はたから見たら異様な光景でしかないだろう。
少しの時間が経つと、私の中に微かに残っていた理性が目を覚ました。
「…あ!!」
「…?」
「私、これから仕事なのでっ!さようならっ!」
そう言って私は立ち上がろうとする。…しかし。
『…え!?立てない…!!』
どうやら私は腰が抜けていたみたいだ。必死に立とうとするけど全くもって動けない。
『どうしよう…っ』
そんな私を見た翔太さんは再び私に向かって笑ってみせた。とっても優しい笑みだった。
でも、私にとって今の状況はどう考えてみても笑える状況じゃない。むしろ泣きたいくらいの状況だ。
『どうしよう…どうしよう…っ』
…そう思っていると。
「俺を頼ってよ」
翔太さんの優しい声がした。
…え?
「俺じゃダメ?」
…は…?
俺じゃダメ?って…翔太さん、何を言ってるの!?
…でも、今の状況は私1人じゃどうしようもない。誰かに頼るしかない状況だ。
私は意を決して翔太さんに言った。
「私、流れ星芸能事務所の新人マネージャー、畑中 梅です。これから初仕事なんです…。助けてください…」
「りょーかい」
翔太さんはそう言ってニコッと笑うと、私をひょいっとお姫様抱っこ。
えええええ!?!?
ぜ、絶対重いよ……っていうか!それよりも!!それよりも!!!
全国の翔太さんファンの皆さん、私なんかがこんなことされちゃって、本当にごめんなさい!!!!!
心の中で叫びまくる私。そんな私の感情が表に出ていたのだろうか。翔太さんは私の顔を見てはクスクスと笑っていた。
翔太さんは私をお姫様抱っこしたまま、パソコンや書類が沢山置いてあるオフィスルームに入った。オフィスルームにいた皆さんは私達を見て騒然とする。
『そりゃそうだよね…』
私は苦笑する。
すると、翔太さんがオフィスルーム全体に響き渡る声で言った。
「この子、畑中 梅ちゃん。ウチの事務所の新人マネージャーなんだけど、さっき入口で俺を見たら腰抜かしちゃって。今はこんな状態だけど、めちゃくちゃいい子だから。みんな仲良くしてあげてね」
翔太さんのその言葉でオフィスルームは和やかな空気に一変。翔太さんってすごい…。私は翔太さんに感心する。そんな私を見た翔太さんは得意げに私に向かって笑いかける。
…なんていうか…翔太さんって調子に乗りやすいんだな…。
「待ってたよ、畑中さん」
どこかから私を呼ぶ声がして、私は翔太さんに抱っこされたままキョロキョロと辺りを見回す。すると、翔太さんが私にこう告げた。
「梅ちゃん、社長がお出ましだよ」
社長!?ちゃんと挨拶しなきゃ!!
私は急いで翔太さんの腕の中から飛び降りる。まだあまり腰に力が入らないので着地する時に少しよろめく私。すると。
「おっと、大丈夫かい?」
さっきの私を呼ぶ声と同じ声の人が私の腕を掴んだ。
社長だ…!!
私は顔を上げて社長に挨拶をする。
「新人マネージャーの畑中 梅と申します。精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いしますっ!」
それを聞いた社長は笑顔でこう答える。
「社長の藤原 秀です。これから畑中さんには色んなことを覚えてもらうけど、期待してるから。よろしくね」
「はい…!!」
よかった!社長、すごくいい人そう!!
私はほっと胸を撫で下ろす。
するとその時、翔太さんが口を開いた。
「社長ー、話があるっていきなり言われて来たのはいいけど、話って何?」
社長は何かを思い出したかのように「そうだった」と呟くと、翔太さんに向かってこう言った。
「翔太の新しいマネージャーが決まったから、翔太に紹介しようと思ってね」
「ふーん。言っとくけど俺、梅ちゃん以外はやだよ?」
私は翔太さんのその言葉に耳を疑った。
…は…!?私以外はやだ!?!?
「俺、梅ちゃんのこと気に入っちゃった。梅ちゃんとだったら楽しく仕事やっていけそうなんだ」
ニコニコしながら社長に言う翔太さん。
この人は一体…何を言ってるの…!?!?
私は驚きすぎて声も出ない。
「でもねぇ…翔太、畑中さんは今日入社したばかりなんだよ?」
社長のその言葉に私はうんうんと頷く。しかし、翔太さんは折れなかった。
「なら梅ちゃんは俺のマネージャーをしながら少しずつ仕事を覚えていけばいいよ。何事も経験が大事でしょ?」
「………」
翔太さんの言葉を聞いて黙り込む社長。
しゃ…社長…?
さらに翔太さんは社長に追い討ちをかけるかのようにこう続けた。
「それに梅ちゃんも俺のこと大好きみたいだし?ほら、これ見てよ。社長」
そう言って翔太さんが取り出したのは私の切り抜き。私はそれを見て一気に顔が赤くなる。
『やだっ、恥ずかしいっ。っていうか返してもらうのすっかり忘れてた…!』
社長は目を丸くして翔太さんに問い掛けた。
「なんだね?それは」
翔太さんは一瞬ニヤッと笑うと、こう答えた。
「梅ちゃんのタカラモノだってさ。ねっ、梅ちゃん」
キラキラした笑顔を私に向ける翔太さん。私は翔太さんのこの笑顔に弱い。否定のしようがない私は翔太さんの問い掛けに渋々頷いた。すると翔太さんはさらに嬉しそうに微笑み、社長にこう言った。
「ね。わかったでしょ?見ての通り俺達相性抜群なんだよ」
『相性抜群って…今日初めて会ったばっかりでしょうが…』
私は心の中でツッコミを入れる。
すると、社長は大きなため息をついたあと、「仕方がない」というように重い口を開いた。
「…わかった。翔太がそこまで言うのなら、今日から翔太のマネージャーは畑中さんに決定だ」
…え
……え
「ええっ!?!?」
思わず大声をあげる私。
そんな私を見て、社長は申し訳なさそうに言った。
「翔太の我が儘に付き合わせてしまってすまない。翔太のこと、よろしく頼むよ」
「は、はい…」
「はい」とは言ったものの、私の頭はほぼ真っ白。だって、考えたこともなかった。私が翔太さんのマネージャーになるなんて。ついさっきまで『いつか会えたらいいな』なんて思っていた人なのに。
私なんかに翔太さんのマネージャーなんて務まるのかな…。私は小さくため息をついた。