「渡、おまえはそこにいるんだな」

我知らず、僕は呟いていた。
深空と生きるために、僕は前を向いた。渡との思い出を心の奥深くにしまい込んだ。

だけど、渡どこにも行っていなかった。
娘の中に見た、渡のかけら。

僕は、不意に自分が渡と出会ったことに深い意義を感じた。僕は渡を未来に運ぶことができたのかもしれない。

何ひとつしてやれなかった……そう思っていた。
しかし、彼の一部を次につなぐことはできたのかもしれない。こんな、想像もしなかったかたちで。

僕は暮れかけた空に向かって言う。

「渡、僕はずっと会いたかったよ」


―――――俺はそうでもないよ。


その声は僕の真後ろから聞こえた。
僕はもう、その声を偽物だとも思わなかったし、都合のいい夢とも思わなかった。
振り返ることなく、僕は呼びかける。

「海、行きそびれちゃったね」


―――――ま、仕方ないだろ。


「一緒に酒を飲んでみたかった」


―――――恒、すごく弱いじゃん。一緒に飲まなくてよかったよ。介抱なんてごめんだ。


「深空をおまえから奪っちゃったな」


―――――ちょっとムカつくけどな。深空、幸せそうだから許してやる。

渡の声は僕の記憶のままで、苦しくて苦しくて僕はせりあがってくる嗚咽を必死に飲み込む。
振り返れば、そこに渡はいるのかもしれない。
いや、きっといない。わかっている。

この声は夕日がくれた奇跡の一端。
僕と深空が通じていたように、一瞬だけ僕らのチャンネルが重なり合っただけ。