警察に伴われ、渡の両親が到着した時、混乱の極みを過ぎ機能停止状態にあった僕は、横たわる渡の肩に頬を寄せ、ぼうっとしていたらしい。
渡の母は僕を見て、夫であるその人に何事が告げた。僕が渡の友人であるという説明だろう。
それから夫妻が頭を下げる。僕はのろりと立ち上がり、頭を下げ返して一歩後ろに引いた。

渡の母がよろよろと遺体に近づいた。両手で頬を包み、嗚咽する。

「渡、ごめんね、ごめんね」

あとはもう、彼の母親が息子の遺体に縋って泣くのを放心の心地で見守っていた。
僕の心にはこの現状に対してまだなんの対処策もなく、ここから去ることも思いつかなかった。


午後三時過ぎになって渡の義父に知らせが入った。
彼の実子・松井啓治が都内で、自殺体で見つかったとの報だった。義父はがくりと肩を落とした。

啓治は10階建てのビルから飛び下りたらしく、所持品から血まみれの包丁が見つかったそうだ。
調べなくても、その血が渡のものであることは推察できた。

渡を殺したのは啓治だ。
深空の病状悪化が引き金となったのだろうか、最初からいつか殺すつもりだったのだろうか。
当事者が死んだ今となって真実はわからない。

啓治とて、思うところがあったのだ。渡を許せない気持ちが限界を超えたのだ。
でも、こんなやり方しかなかったのだろうか。

僕は呆然と考えるだけで、怒りも何も湧かなかった。心がついていかなかった。