思わずあふれてしまった涙に先生は驚いていた。

男の人がハラハラと涙をながすところを見て、一花の心はキューっと締めつけられた。

そして思い出す。

授業中のふとした雑談で、家族との確執を軽い調子で話していたことを。


「せんせ、せんせ、あのね、私はずっと先生のことを好きでいるよ」

「大丈夫だよ」



「うそだ!」

久方は自分の声でハッと我に返った。

そして、涙をぬぐうと、いつもの「先生」に戻った。


「わるかった。駅まで送るよ」

車に乗ると、少し固い声で続けた。

「君は、4月から新しい環境で色々な出会いがあるだろう。俺のことは忘れて、新しい恋をするといいんだ」


「せんせっ」

「黙ってくれないか。運転に集中したいんだ」

それは取り付く島のない声音で、一花はそれ以上話を続けることをあきらめざるを得なかった。




―それでも、好きだよ、先生

心の中で静かにつぶやいた。



一花は駅に着くまでずっと、久方の横顔を見続けた。