それからの先生は、あの日がなかったかのように「先生」だった。

受験が終わるまでは、おとなしい生徒でいようと思っていた一花は、志望大学の対策に取り組んでいた。

そんなある日、講師控室で久方先生が話題になっているとのうわさが立った。

「久方先生」の名前に一花も気が気でなく、つい、控室のそばに来てしまった。




「では、そういう関係ではないんですね」

はっきりと聞こえる声。太い、少し年配の人の声。偉い人のようだ。

「ありません」

これは久方の声。一花が聞き間違えるはずがない。


「その生徒さんのことをどう思っているんだい?」


「大事な一生徒だと思っています」


「改めて聞くが、恋愛関係ではないと?」


「彼女は特に不安の強い性格をしていたので、春から念入りにケアをしてきたことは事実です」


「ふむ、それで?」


「しかし恋愛関係では絶対にありません」


「生徒の保護者が、たまたま君と生徒が一緒に車に乗っているのを見たという報告があったのだが……」

「その報告については何かあるかい?」


「先に言った通りです」


「助手席は知人であり、保護者の方が見たという澤口という生徒ではない、と」

「そうです」

「そうか」

「火のない所に煙は立たぬ、とも言う。大事な時期だ。紛らわしい行為は慎むように」

「はい。失礼しました」



ー私のせいだ。

よろよろと足の力が抜けるのがわかったが、
座り込むのを気力で防いだ。

講師控室近くには、自習室もあり、話を聞いている生徒もいた。

一花は何事もないように気を張って廊下を歩き、正面出口から帰った。