清の言葉通り、世間は蜂の巣を突いたように大騒ぎとなっていた。
テレビでもラジオでも、当然、ネット上でも、榊原清と近江琶子の話題で持ち切りだった。
「高徳寺社長、もう少し詳しく教えて下さい」
「作家、近江琶子の住まいは? 彼女の過去は?」
姿を現さない清の代わりに、記者に囲まれた則武は、うんざりした面持ちで彼等をあしらっていたが、その実、内心は、これでイベントは大成功だ、とホクホク顔だった。
則武に反して、桔梗の苛立ちは収まらなかった。
「いくら榊原さんに頼まれたからって……いきなり暴露って、どうなの?」
「だが、眠りの森や琶子先生の過去には一切触れていない」
桔梗はキッと則武を睨む。
「当たり前でしょう。琶子の過去を一行でも書いてみなさい。次の日お天道様を拝めなくしてやるから!」
則武は、コイツならやりかねない、と顔を引き攣らす。
「それから、絶対に眠りの森の存在を公にしないで! だって、あそこはシェルターだもの」
桔梗の強い言葉に、則武も理解を示す。
「ああ、クローバーの名に懸け、全力で守り通す」
ただ、隠されると余計知りたくなるのが人間というものだ。記者たちは躍起になり、あちこち嗅ぎ回った。しかし、結局、何処からも、誰からも、情報を得ることができなかった。
そう、クローバーの方が、一枚も二枚も上手だったということだ。
清もこうなることが分かっていた。だから行動も早かった。
特に琶子に関しては、先手必勝とばかり、いち早く眠りの森から榊原邸に避難させていた。
だが、この行動も、実は計画のうちだった。
清は、このままイベントまで同居を続け、イベント終了後、一気に結婚してしまおうと算段していたのだ。
だが、琶子はそのことを知らない。
だから、この時も、いつものように素直に感謝の言葉を述べた。
「清さん、助かりました。身動きできなくて困っていました。ここなら婚約者宅ということで誤魔化しも効くし……清さんと会い易いし……」
ポッと頬を染める琶子は、見方を変えれば、誘惑気な小悪魔に見えなくもない。清はそんな天然琶子に惑わされそうになりながらも、オオカミになる一歩手前でグッと堪える。
ある意味、清にとって、この時期が人生最大の試練の時だったかもしれない。