扇氏は、豪華なソファセットに清と琶子を案内し、二人が着席すると、その目前にジュエリーケースを置いた。ベルベット地の赤い台座の上には、煌めく指輪が鎮座していた。
「ワァー、綺麗」
眩いそれは、シルバーに輝くリング中央に大きなダイヤが一粒と、それを中心に小ぶりのダイヤが左右に八粒ずつ埋め込まれた、かなり豪華だが、上品でシンプルに見えるデザインに仕上げられていた。
「お褒めのお言葉、恐縮です。ご依頼の品です。手に取ってご覧下さい」
扇氏は紳士の笑みを浮かべる。
清は真っ白な手袋をつけると、指輪を摘み上げ、それを琶子の目先に近付け「どうだ?」と角度を変え見せた。
琶子はあまりに素晴らしい品に、これ、幾らするのだろう! と下世話な思いに駆られていたので、どうだ、と言われても、綺麗としか言いようがないので、困って黙っていた。
すると、清はニヤリと笑い、「婚約指輪だ」と冗談みたいに軽く告げた。
婚約指輪! イヤイヤ、こんな高価なもの、冗談でも頂けません、と拒絶の意を称すると、清は「俺と結婚しないのか」と本気で怒り出した。
へ? と琶子は間抜けな顔で、本気なの? と唖然としつつ、それとこれとは、と琶子が弁明すると、「じゃあ、いいんだな」とすっかりご機嫌を取り戻した清は、琶子の左手薬指にそれを嵌めてしまった。
驚いたことにピッタリだった。本当に素敵だった。
だから、琶子は思い直した。これ以上拒絶すると逆に失礼に当たる。イヤ、拒絶すると物凄く面倒臭いことになると理解した。
「あの、ありがとうございます。大切にします」
素直に礼を述べると、自分でも呆れるほど嬉しさが込み上げてきた。
琶子が左手をあっちに向けたり、こっちに向けたりして、指輪を眺めていると、清は満足そうに頷き、扇氏と雑談を始めた。
「メイ・牧原はKOGOから追放されたらしいな。馬鹿だなアイツも」
「はい、ですので、今回、特別に、奏カナにデザインを依頼しました」
扇氏の説明では、メイ・牧原は著名なジュエリーデザイナーで、メモリーと個人契約をしていたそうだ。だが、とある事件で、業界を追われたらしい。
「奏カナ? 彼女、年齢を理由に引退したのに、よく引っ張り出せたな」
「はい、榊原様のご依頼ですので、二つ返事で引き受けてくれました」
話の内容で、奏カナは清に恩があり、今回依頼を受けたのは、そのお返しだということが分かった。
やはり情けは人の為ならずだな、と思いつつ、琶子はちょっと冷静になる。そして、思った。
これは生まれて初めて貰った指輪で婚約指輪だ。
なのに、こんな風にポイッと貰うと、有り難味がないなぁ、もうちょっとロマンチックなシチュエーションで渡してもらいたかったな、だいぶん理想と違ったな、とちょっと残念な気分になった。